神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

カリュストス(1):ロイオー


(上:カリュストスの位置)


カリュストスはギリシア本土の東に長く伸びた形で浮かぶエウボイア島の南端にある町です。カリュストスの名は、英語版のWikipediaによればケンタウロス(半人半馬の神話上の種族)の賢者ケイローンとニンフ(妖精)カリクロの間に生まれた、カリュストスという男にちなんで付けられたということなので、このカリュストスが町の建設者のようです。

(上:ケイローンアキレウス


しかし、具体的な建設の伝説を見つけることは出来ませんでした。カリュストスその人についても、ほとんど情報がありませんが、デーロス島の伝説的な王アニオスの義理の祖父であるということが分かりました。すなわち、カリュストスの息子がザレクスで、このザレクスがロイオーと結婚したのですが、ロイオーはその前に神アポローンによってアニオスを産んでいたということでした。これは私には、カリュストスの町とデーロス島の間に何かつながりがあることを暗示しているように思えます。



地図で見るとカリュストスから海に出るとすぐにアンドロス島があり、そのすぐ南にはテーノス島があり、そのまた南にはミュコノス島があり、ミュコノス島の西すぐのところにイオーニア人にとっての聖地、デーロス島があります。アポローン神とアルテミス女神の兄妹はデーロス島で生れたと伝えられています。この地理的な位置関係から、カリュストスはデーロスと交流する際の大陸側の玄関口になっていたと想像できます。私は、そのことが上述の系譜に反映しているのではないかと思いました。


ここで、アニオスを産んだロイオーの物語を紹介します。
酒の神ディオニューソスは、ナクソス島アリアドネーと結婚し、2人の間にはスタピュロス、トアースオイノピオーンの3人の息子を得ました。息子たちが成長すると、スタピュロスがナクソス島の王となり、トアースレームノス島に移ってそこの王となり、オイノピオーンキオス島に移ってそこの王となりました。スタピュロスはクリューソテミスと結婚し、娘ロイオーが生れました。ロイオーは美しく育ちました。その美しさに目をとめたのが神アポローンでした。人間の身で神にどうやって抗うことが出来たでしょう。ロイオーはアポローンによって妊娠したのでした。しかしスタピュロスはロイオーの話を信じず、娘のお腹の中の子の父親はどこかの人間に違いないと考え、怒ってロイオーを木の箱の中に閉じ込め、その箱を海に流してしまいました。その箱は海を漂流してやがてエウボイア島(の、おそらくカリュストスの町)に漂着しました。その箱を見つけてロイオーを助けたのがカリュストスの子ザレクスでした。ロイオーはそこで息子を産み、アニオスと名付けました。ザレクスはロイオーと結婚し、アニオスを自分の養子にしました。のちにアポローンはアニオスを自分の神殿のあるデーロス島に住まわせ、アニオスをアポローンの祭司にし、かつデーロスの王にもしました。


この話には、ロイオーは直接デーロス島に漂着したというバージョンもあります。このバージョンではアニオスはデーロス島で育ち、神アポローンがしばらくの間アニオスをどこかに隠し、そこでアニオスに予言の術を授けたといいます。そしてその後ロイオーはザレクスと結婚し、ザレクスはアニオスを養子としたという話になります。


さて、この話では多くの島々の初代の王が登場しましたが、その続きがあるのでそれも紹介します。デーロスの初代の王になったアニオスには3人の息子がいましたが、そのうちの2人、ミュコノスとアンドロスはそれぞれミュコノス島とアンドロス島の王となったということです。今まで登場した島の位置を以下に示します。


トゥーキュディデースは、カリュストスの町は(ギリシア人のなかでも)イオーニア人ではなくドリュオプス人というマイナーな種族の町であったと述べています(「戦史」7.57)。しかし、ヘーロドトスはカリュストスの西隣のステュラの町がドリュオプス人の町であるとは述べていますが、カリュストスの町がそうであるとは述べていません。ドリュオプス人というのは伝説によれば、トロイア戦争以前に、ヘーラクレースとドーリス人によってドーリス地方から追い出された種族です。彼らはドーリス地方を追い出されて、エウボイア島やペロポネーソス半島に移住していったのでした。


考古学によれば、線文字BというBC 1200年以前にギリシアで使われていた文字で書かれた粘土板には「カリュストス」の名が記されているということなので、カリュストスはとても古い町なのでした。