神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ケオース(15):その後のケオース

ケオースはアテーナイを盟主とするデーロス同盟に参加していました。そのためBC 431年にペロポネーソス戦争が始まると、ケオースはアテーナイに兵力を提供しました。この頃までにアテーナイは同盟諸国を自分の都合で動かせるほど強大になっていましたので、ケオースとしては提供を拒否したくても拒否出来ませんでした。BC 415年からのアテーナイによるシケリア遠征にケオースの兵が参加していることをトゥーキュディデースが記しています。

そして、隷属国として年賦金を課せられている諸国からは、エレトリアカルキス、ステュラ、カリュストスなどエウボイア諸都市の兵、ケオスアンドロステーノスなど諸島嶼の兵、ミーレートスサモスキオスなどイオーニア諸都市の兵が、それぞれ参加していた。ただしこれらの中で、キオスは年賦金を課せられておらず、海軍を提供する独立国として遠征に加わっていた。


トゥーキュディデース著「戦史」巻7・57 から

トゥーキュディデースによれば当時のケオースはアテーナイの隷属国でした。さて、このシケリア遠征はBC 413年、アテーナイ側の大敗で終わります。ということはケオースからの兵士たちも戦死したか、あるいは捕虜となったのでしょう。この時、アテーナイ人以外の捕虜は皆奴隷として売られました。BC 404年、アテーナイは降伏し、戦争が終わります。そしてしばらくの間、スパルタがギリシア世界の覇権を握りました。その後はテーバイが、つづいてマケドニアが覇権を握り、有名なアレクサンドロス大王の時代になります。この間、ケオースの動向はよく分かりません。ここに気になる記事があって、それは紀元前後の期間に活躍した地理学者ストラボーンの「地理誌」にある記事なのですが、こういうものです。

(BC 4世紀の喜劇作家)メナンドロスが言及したように、これらの人々(=ケオース人)の間にはある古い法律がありました。「パニアス、それはケオース人の良い法律だ。すなわち、『快適に(または健康に)生きられない人は、悲惨に(または病気で)生きてはならぬ。』というものだ。」この法律では、残りの人々に十分な食料を確保するために、60歳以上の人は毒ニンジンを飲むことを強制されるべきだと定めているようです。かつて彼らがアテーナイ人に包囲されたとき、年齢を定めて最年長者は死刑に処せられるという法令が発布され、その結果包囲兵は撤退したと言われています。


ストラボーン「地理誌」10.5.6 より

いやな話ですが、若い人々に食料を確保するために年寄りは死ぬべきだ、というような法律がケオースにあったというのです。そして、ケオースがアテーナイに包囲された時に、そのような法律が発布されたというのです。しかし、これはいつのことでしょうか? 私は「ケオースの包囲」「siege of Ceos」でネットを検索したのですが、何もヒットしませんでした。それでケオースが本当にアテーナイに包囲されたことがあったのかどうか、そして、こんな法律があったのか、私には分からないままでいます。


さて、ケオースはその後も有能な人々を生み出していきました。医師のエラシストラトスや哲学者のアリストがそうです。医師のエラシストラトスが活躍していたのはBC 240年頃、哲学者アリストが活躍していたのは最盛期がBC 225年頃で、どちらもヘレニズム時代のことです。エラシストラトス生理学者の祖と言われ、最初はセレウコス朝のシリアで王の侍医として活躍し、次にエジプトのアレクサンドリアに移って活躍しました。この頃アレクサンドリアにエジプト王プトレマイオス1世と2世によって研究機関ムセイオンとアレクサンドリア大図書館が設立されたことによって、この都市には優秀な学者が集まりつつありました。一方、アリストは、哲学者アリストテレースが創立したリュケイオーンの5代目の学頭になった人といわれていますが、本当に学頭だったのか確実ではありません。ただし、4代目の学頭リュコの親しい弟子であったことは確かです。この頃、ケオースはプトレマイオス朝エジプトの支配下にあり、そこにはエジプトの海軍基地が建設されました。


さらに時代を下って紀元前後に行きます。この頃ケオース島はローマの支配下にありましたが、ケオースの町が2つに減っていたことをストラボーンが書いています。

ケオースにはかつて4つの町がありました。イウーリスとカルタイアの 2 つが残り、他の2つの町の住民はそこに移されました。つまり、ポイエーエッサの人々はカルタイアへ、そしてコレーシアの人々はイウーリスへ移住しました。


同上

この頃もイウーリスとカルタイアの町が存続していたわけです。ローマ時代もケオースの町が存続していたことを確認したところで、ケオースについての私の話は終わりにします。読んで下さり、ありがとうございました。

(上:イウーリスの町)