神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(25):ペリシテ人

ギリシア本土では、BC 1200年頃から考古学的な遺物が少ない暗黒時代に入ります。しかし、クノッソスのあるクレータ島ではそれより150年も早いBC 1350年頃に暗黒時代に入ってしまうのでした。この間いったい何が起きたのか、皆目わかりません。そこでいろいろ調べていくうちに、聖書に関係する記事にクレータ島の様子の片鱗を見たような気がしました。


聖書には古代イスラエル人に敵対する民族としてペリシテ人と言う民族が登場します。この民族がどうもクレータ島からパレスチナガザ地区にBC 1200年頃に移住してきたらしいとされています。

ペリシテ人は紀元前13世紀から紀元前12世紀にかけて地中海東部地域に来襲した「海の民」と呼ばれる諸集団を構成した人々の一部であり、エーゲ海域とギリシャのミケーネ(=ミュケーナイ)文明を担った人々に起源を持つと考えられている。
(中略)
聖書の記述では、彼らのルーツはハムの子ミツライムの子であるカフトルの子孫であるとされ、「カフトル島から来たカフトル人」と呼ばれている(『創世記』10:13-14、『申命記』2:23)。さらにこれを裏付ける記述は、『エレミヤ書』47章4節にも存在する。したがって、ハムの子カナンを始祖とするカナン人とは異なる氏族であったとされる。


カフトルが実際にどの地域を指しているのかについても諸説あるが、紀元前12世紀頃までに、すでに鉄の精製技術を有していたことなどから、クレタ島キプロス島、あるいはアナトリア地方の小島の1つであった、などの候補が挙げられている。今日ではクレタ島であるとの見解が示されることが多い。


日本語版ウィキペディアの「ペリシテ人」の項より

この引用にあるようにペリシテ人は「カフトル島から来たカフトル人」と呼ばれており、このカフトル島というのがクレータ島を指すとする推定が有力だということです。


もしカフトル島がクレータ島のことであるとすれば、そしてそこから来た人々がミュケーナイ文明を担っていたとすれば、BC 1200年頃のクレータ島にはまだミュケーナイ文明のギリシア人が住んでいた、ということになります。ということは、BC 1350年頃にクノッソス宮殿が破壊され、クレータ全土を支配する強力な権力が崩壊したあと、クレータ島には同じミュケーナイ文明のギリシア人が住み続けたものの多数の地方政権が分立するようになったのでしょう。そして彼らはたぶん好戦的で互いに戦い合っていたが、時には連合して海を渡り、パレスチナに移住することもあったのでしょう。なお、パレスチナという地名はペリシテ人の名に由来しています。


本当にペリシテ人はミュケーナイ文明の担い手だったのでしょうか? 英語版Wikipediaの「ペリシテ人」の項にはそれを支持する証拠を列挙しています。

特に注目に値するのは、初期のペリシテの陶器で、これはエーゲ海ミュケーナイの後期ヘラディック IIIC期の陶器の現地製作版であり、茶色と黒の色合いで装飾されています。これは後に鉄器時代I期の特徴的なペリシテ陶器に発展し、ペリシテ二クロム陶器として知られる白いスリップに黒と赤の装飾を施したものとなりました。また、特に興味深いのは、エクロンで発見された、240m2にわたる大きくて、構成の優れた建物です。その壁は広く、2 階を支えるように設計されており、広くて精巧な入り口は、列の柱で支えられた屋根で部分的に覆われた大きなホールにつながっています。ホールの床には、ミュケーナイのメガロン・ ホール建築によく見られる、小石を敷き詰めた円形の炉があります。(中略)他の発見の中には、発酵ワインが生産されていたワイナリーや、ギリシアのミュケーナイ遺跡のものと類似した織機の重りも含まれています。


英語版Wikipediaの「ペリシテ人」の項より

ただし、ペリシテ人の起源がミュケーナイ文明のギリシア人であるという説には少数ながら反対もあるそうです。次にカフトル島についてですが、これについてはそれ以前の時代のエジプトの貴族の墓の壁画に登場する民族の名前ケフティウが関連付けられています。ただ、これにも異論もあります。壁画に書かれたケフティウの人々が捧げ持つ壺の特徴がミノア文明の壺の特徴を示しているため、ケフティウ人はミノア人のことであると推定されています。そこで聖書に登場するカフトルを古代エジプト語の民族名ケフティウを同一視して、カフトル島をクレータ島と推定する説が有力です。


さて、BC 1200年頃のクレータ島にミュケーナイ文明のギリシア人がいたならば、彼らがトロイア戦争に参加していたのかもしれません。そうだとすると、ホメーロスが伝える、クレータ王イードメネウスの伝説も、少しは現実を反映しているのかもしれません。