神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ケオース(14):ケオースの宗教風土

前回の「(13):プロディコス(2)」で季節の女神たちホーライや農業の神アリスタイオスが登場したので、ホーライやアリスタイオスに関する記述を調べてみました。まずはホーライについてです。

さてヘーレーは鞭を執(と)り、手ばやく馬を促し立てれば、
おのずから 天(あま)つみ空(そら)の大門の扉(と)は 軋(きし)んで開いた、それを守るは
季節の神女(ホーライ)とて、久方の空、またオリュンポスを司(つかさど)り、
群がる雲をあるいは闢(ひら)き、あるいは鎖(とざ)す役をあずかる。


ホメーロス 「イーリアス 第5書」 呉茂一訳 より

「ヘーレー」とは、ゼウスのお妃である女神ヘーラーのことです。ホメーロス叙事詩では若干語形が変わり「ヘーレー」になります。それはともかく、ここではホーライは天空の大門を守護していることになっています。

二番目に ゼウスは 輝かしいテミスを娶(めと)られた。彼女は 季節女神たち(ホーライ) すなわち
秩序(エウノミア) 正義(ディケ) 咲き匂う平和(エイレネ)を生まれたが
この方がたは 死すべき身の人間どもの仕事に 心を配られる。


ヘーシオドス「神統記」 廣川洋一訳 より

ここではホーライの個々の名前が明らかになっています。ホーライは3名の女神たちで、その名前は、エウノミア、ディケー、エイレーネーという名前だということです。彼女たちの父親はゼウス、母親はテミス(掟の女神)だということも分かります。しかし、彼女たちの名前は季節の女神たちらしくはありません。別の説では、彼女たちの名前は、タロー(開花:春を表す)、アウクソー(生長:夏を表す)、カルポー(収穫:秋を表す)だそうです。


そしてこのホーライが、ケオース島で信仰されているアリスタイオスを育てたのでした。



(左:女神エイレーネー)

そこで彼女(=キュレーネー)は子供を産み、名高いヘルメースはその子供をいとしい母の許から取り出し、美しい玉座に座るホーライとガイア(=大地の女神)の許に運びます。
女神たちは膝に乗せた赤ん坊を誉め讃え、その唇に蜜とアンブロシアを垂らし、彼を不死とし、ゼウスと聖なるアポローン、彼が愛する人々の喜びと呼ばれ、羊の群れとアグレウスとノミオス(=牧羊神パーンの息子たち)の永遠の守り手と呼ばれるようにし、そして他の者たちは彼をアリスタイオスと呼ぶようになるでしょう。


ピンダロス「ピューティア祝勝歌9歌」より


アリスタイオスについては、カリマコスの「アコンティオスとキューディッペー」にも歌われています。

・・・・婿となるケオスの若者(=アコンティオス)は、
天水の神ゼウス・アリスタイオスの、社家の一員だ。
この者らの務めは、山の頂にて、
昇り来る、酷熱のシリウスを和らげること、
そして、ゼウスに涼風を祈ること。・・・・


ギリシア恋愛小曲集」の中のカッリマコス作「アコンティオスとキュディッペ」中務 哲郎訳 より

アリスタイオスを祭る神官の一族が存在し、彼らの役目はかつてのアリスタイオスのように「山の頂にて、昇り来る、酷熱のシリウスを和らげること、そして、ゼウスに涼風を祈ること」なのでした。


ケオースの宗教風土を想像するには、さらに神アポローンも考慮に入れる必要があるでしょう。ケオースはキュクラデス諸島に属し、キュクラデス諸島はアポローン神の誕生の地であるデーロス島を囲むように並んだ島々だからです。そして、ケオース島からは定期的に聖歌隊がデーロス島に送られていたのですから、アポローン神もケオースでは重要な神であったはずです。アポローン神はケオース島では、おそらくアリスタイオスの父神という側面が重視されたと思います。