神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

エリュトライ(3):イオーニア人の到来

前回ご紹介したパウサニアースの記事の中でパンピュリア人についての記事だけはトロイア戦争後の話です。

エリュトライ人はいうには、彼らは元来ラダマンテュスの子エリュトスとともにクレータ島から来た者であり、このエリュトスが自分たちの町の建設者であったということです。クレータ人とともにこの町にはリュキア人やカーリア人やパンピュリア人も住んでいました。というのは、(中略)パンピュリア人は彼らもまたギリシア民族に属するからで、というのは、彼らはトロイア陥落ののちカルカースとともに放浪した人々に属していたからです。


パウサニアース「ギリシア案内記」7.3.7 より

パンピュリア人についてはBC 5世紀のヘーロドトスも同様の伝説を記しています。

このパンピュリア人というのは、トロイア戦争の後ギリシア軍が離散した時、アンピロコスおよびカルカスと行動を共にした一党の後裔である。


ヘロドトス著「歴史」巻7、91 から

では、それ以前のこと、つまりトロイア戦争の時にエリュトライはどうしていたのでしょうか? 私の想像するように当時はギリシア人以外の民族の町だったとすると、トロイア側に加勢したのではないかと想像します。しかし、イーリアスを見てもエリュトライに関する記事はなさそうです。


前にご紹介したシビュラの伝説を信じるならば、トロイア戦争の前にエリュトライのシビュラ、名はヘロピレーという女性がいて、トロイア戦争トロイアの滅亡を予言した、ということでした。そうするとエリュトライは、シビュラの語るトロイアの滅亡を信じて、トロイアには加勢しなかったのかもしれません。


トロイア戦争後、ギリシア軍は神々の怒りに触れました。予言者カルカースは、船でギリシアに帰国するのは途中で神々の怒りを蒙ることになることを予知し、それを避けるために、同じく予言の力を持つ武将アンピロコスと共に、帰国をあきらめ、小アジアに住むべき所を求めてさまようことにしました。カルカースはコロポーンに着いた時、そこの予言者モプソスと予言の能力比べで負けてしまい、そのために死んでしまいましたが、カルカースに従って来た人々はその後、この近辺に住んで、パンピュリア人と呼ばれるようになりました。


ギリシア本土では、トロイア戦争終結から80年後にドーリス人がヘーラクレースの後裔とともにペロポネーソス半島に侵入し、半島の大半を占領しました。この時、彼らはピュロスのネーレイダイ(ネーレウスの子孫)をピュロスから追い出しました。ネーレイダイの一部はアテーナイに移住し、その中のひとりメラントスはアテーナイ王になりました。メラントスの子コドロスがドーリス人との戦いで死亡すると、コドロスの子供たちの間で王位争いが起きました。メドーンが王位につきましたが、それを不満に思うメドーンの兄弟たちは、イオーニア人(彼らもアテーナイに移住してきていた)を率いてエーゲ海を渡り、小アジアエーゲ海沿岸に植民市を建設しました。このため、この地方はイオーニアと呼ばれるようになりました。

この時に、コドロスの庶子クレオポスという者がおり、彼もまた小アジアに植民市を作ろうとしました。しかし、クレオポスが小アジアに到着したのは、コドロスの他の子供たちより遅かったようです。彼は、すでに建設された多くのイオーニア系植民市から人々を募集して、エリュトライを占領し、イオーニア人の町にしたようです。

私がここに上げた人びと(=クレータ人、リュキア人、カーリア人、パンピュリア人)は、コドロスの子クレオポスがイオーニアの全ての町々のそれぞれから多くの人々を集めて、植民者としてエリュトライ人の間に引き入れた時にエリュトライに住んでいました。


パウサニアース「ギリシア案内記」7.3.7 より

クレオポスはエリュトライの王になりました。その後のエリュトライについては情報が少ないですが、パウサニアース(7.3.10)によれば後にイオーニアにコロポーンの町が建設された時に、エリュトライの王族が王としてコロポーンの町に迎えられたということです。これは、コロポーンがイオーニア同盟(この中にエリュトライも入っていた)への加盟を希望した時、イオーニア同盟の諸都市は、コドロスの子孫を王として受け入れない限り、コロポーンの同盟加盟を認めなかったからだと言います。イオーニア同盟には12の都市が加盟しました。それらの都市は、ミーレートス、ミュウス、プリエーネー、エペソスコロポーン、レベドス、テオースクラゾメナイポーカイアサモスキオス、エリュトライでした。

この中でエリュトライの方言はキオスと同じ方言でした。つまり、エリュトライはキオスとは一番近しい関係にあるのでした。しかし、キオスは交易上のライバルでもありました。