神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

カルキス(2):エレペーノールとアバンテス族

カルキスという町の名前は、コンベーというニンフ(妖精)が青銅の武器をそこで発明したので、青銅を意味するカルコスという言葉からつけられた、ということです。また、カルキスなどエウボイア島の都市を建設した人々をアバンテス族と呼ぶのですが、彼らはアバースの子孫とされています。アバースは、カルキス近郊の泉のニンフ、アレトゥーサと、海の王ポセイドーン神の息子でした。アバースの息子がカルコードーンで、カルコードーンの息子が、エレペーノールです。エレペーノールはアバンテス族を率いてトロイア戦争に参加しました。ホメーロスイーリアスにはエレペーノールとアバンテス族が以下のように登場します。

さてエウボイアを領するは、その勢いも猛くはげしいアバンテスたち、
カルキスエレトリア、さては葡萄の房に饒(ゆた)かなヒスティアイア
また海に臨んだケーリントスや、ディオスの嶮しい城塞(とりで)を保ち、
またカリュストスを領する人々、あるいはステュラに住まうものら、
この者どもを率いるのは、エレペーノールとてアレースの伴侶(とも)、
カルコードーの子で意気の旺(さか)んなアバンテスらが首領(かしら)である、
彼と一緒に敏捷(すばしこ)いアバンテスらが従って来た、後ろ側だけ頭髪(かみ)を延ばした、
戈を執っては名だたるものども、とねりこの槍をさし伸べ
敵の甲(かぶと)を 胸のあたりに突き破ろうと 勢いはやり、
これともろとも、四十艘の黒塗りの船が随って来る


ホメーロスイーリアス」第2書 呉茂一訳 より

アバンテス族は古典時代にはイオーニア族の一部と見なされていたのですが、ヘーロドトスは、アバンテス族は元来イオーニア族とは無関係だったと述べます。

彼ら(=イオーニア人)の重要な構成要素を成しているエウボイアのアバンテス人は、名前からいってもイオニアとは何の関係もない種族であるし、またオルコメノスのミニュアイ人も彼らに混入しており、さらにカドメイオイ人、ドリュオペス人、ポキス人の一分派、モロッシア人、アルカディアのペラスゴイ人、エピダウロスのドーリス人、その他さらに多くの、種族が混り合っているのである。


ヘロドトス著 歴史 巻1、148 から


エレペーノールには、以下のような説話があります。
 1つは、ある時、祖父アバースに無礼をはたらいている召使いをこらしめようとして、エレペーノールがこの召使いを杖で打った、というものです。その時、その杖がはねて祖父アバースに当ってしまいました。そして打ちどころが悪くてアバースは死んでしまいました。意図したわけではなかったのですが、祖父を殺したということでエレペーノールはエウボイア島にいることが出来なくなり、亡命しました。この話では、亡命したエレペーノールがどうやってアバンテス族を率いてトロイア戦争に参加したのか気になるところです。
 もう1つの話は、アテーナイ王テーセウスが、メネステウスという者によって王位を奪われた際、テーセウス自身はスキューロス島に亡命し、テーセウスの息子たちはこのエレペーノールの許に亡命した、というものです。テーセウスはスキューロス島の王に謀殺されてしまいます。その後発生したトロイア戦争に、テーセウスの息子たちはエレペーノールの部下として参加したということです。



このエレペーノールがトロイア戦争でどんな活躍をしたかと言いますと、残念ながらあえなく戦死をとげています。エレペーノールを倒したのはトロイア方の将アゲーノールで、その父親アンテーノールはトロイアの老王プリアモスの相談役であるという高貴な身分の武将でした。エレペーノールは、トロイア方の将が倒れたのを見つけて、その着ている武具を戦利品として剥ぎ取ろうとしていたところを、アゲーノールに槍で刺されて殺されたのでした。

まず筆頭にはアンティロコスが トロイア勢の鎧武者一騎をうち取った、
先陣にあっては武勇のさむらい、タリューシオスの子エケポーロスをば。
すなわちはじめに馬の房毛をつけた 兜の星をうち当ててから、
額に槍を突き立てれば、青銅をはめたその穂が中へと
骨をつきとおして入った、さればその眼を闇がおおうと、
どっとばかりに、塔をさながら、はげしい戦さの中に倒れた。
落ち入ったその足をひっ掴(とら)えたのは エレペーノールの殿とて
カルコードーンの子で、意気の盛んなアバンテスらの大将だったが、

一刻もはやくその武具を 剥ぎ取ろうとばかり心逸(はや)って、
矢弾(やだま)の外へ引きずり出そうと焦ったが、その突進もつかの間に
終ったのは、屍(かばね)を引いてゆくところを 意気盛んなアゲーノールが
見て取るや、脇腹の、かがんだ拍子に楯の横から 露われ出たのを、
青銅をはめて磨いた槍でつき刺したれば、(その)手肢(てあし)は萎(な)えくずおれた。


ホメーロスイーリアス」第4書 呉茂一訳 より