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前回の最後で紹介したヘーラクレースの物語の異伝にあたるものが、高津春繁著「ギリシア・ローマ神話辞典」に載っていました。
ヘーラクレース
(中略)
[ドリュオプス人およびラピテース人との戦]
ヘーラクレースはデーイアネイラとヒュロスを伴って、ドリュオプス人の地を通過中、食糧がなくなり、ヒュロスが空腹を訴えた。その時二頭の牛を追いつつ耕しているテイオダマースに出遇い、食を求めたが、拒絶されたので、片方の牛をはずして食った。テイオダマースは遁れ、自分の市のものどもを連れて来て、戦闘が生じ、多勢に無勢、デーイアネイラ自身も武装して闘い、胸に傷つくほどの乱戦となったが、ついに勝利を得、テイオダマースは討たれた。ついでヘーラクレースはドーリス人の王アイギミオスの味方となって戦った。ラピテースたちが土地の境界に関して、カイネウスの子コローノスを将として攻め寄せ、王は囲まれてあやうくなっていたので、ヘーラクレースに、勝利を得た時には、王国の三分の一を分つ条件で、援助を求めたからである。ヘーラクレースはコローノスを殺し、全土を自由にして王に与え、約束の土地は自分の後裔たちのために保留しておいた。その後ラピテースを助けたドリュオプス人に対して軍を進め、その王で、神をないがしろにして、アポローンの神域で宴を張っていたラーオゴラースを、その息子たちとともに殺した。
(後略)
前回の呉茂一著「ギリシア神話」での物語との異同を比較するのも興味深いですが、それはともかくとして、この異伝でもドリュオペス人(上記の引用では「ドリュオプス人」)が故郷を追い出された、ということはハッキリとは書かれていませんでした。そこで、さらにこの高津春繁著「ギリシア・ローマ神話辞典」を調べたところ、次の記事を見つけました。
ピューラース
ドリュオプス人の王、デルポイを攻めたので、ヘーラクレースは彼と戦って殺し、ドリュオプス人をアポローンの奴隷にした。しかし多くの者は逃げたが、アポローンの命によってか、ペロポネーソスのアシネーAsineその他に住んだ。ヘーラクレースはピューラースの娘を捕虜とし、彼女からアッティカのアンティオキスAntiochisのデーモスの祖アンティオコスが生れた。
上の記事ではヘルミオネーの名前は出ていませんが、「ペロポネーソスのアシネーその他に住んだ」というところで「その他」にはヘルミオネーが含まれることは確かなので、ヘルミオネーの建設に関連する記事であると判断できます。しかし、上の記事は簡略に過ぎるところが残念です。上の記事で「アポローンの命によってか」というところは、アポローンが建国の神でもあることを考慮していると思います。古典時代のことですが、人々は新しく植民市を建てる際にはアポローン神に神託を伺うのが習わしでした。それを踏まえると、ヘーラクレースから逃げていくドリュオペス人たちに対してアポローンが顕現して
- 「南に下りペロポネーソスに行くがよい。そこに汝らは新しい国(都市国家)を建てるであろう。そしてその国は・・・・となるであろう。」
と託宣を垂れるという光景も、神話としてはあり得ることではないかと私は思います。
さて、ドリュオペス人たちはペロポネーソスにだけ移住したのではなく、そのほかにもエウボイア島の ステュラやカリュストス、そしてキュトノス島にも移住したのだそうです。
彼らがそれぞれの地で創建した国々の多くは、のちにトロイア戦争に参加したのでした。ヘルミオネーとアシネーについては前にも述べましたが、ここでもイーリアスを引用します。
またアルゴスや、城壁に名を得たティーリンスを保つ者ども、
さてはヘルミオネー、またアシネーの深い入江を抱く邑々、
トロイゼーンからエーイオナイ、また葡萄のしげるエピダウロス、
またアイギナやマセースを受領する、アカイアの若殿ばら、
この者どもを率いるのは、雄たけびも勇ましいディオメーデース
ステュラとカリュストスについては、以下のように登場します。
さてエウボイアを領するは、その勢いも猛くはげしいアバンテスたち、
カルキスにエレトリア、さては葡萄の房に饒(ゆた)かなヒスティアイア、
また海に臨んだケーリントスや、ディオスの嶮しい城塞(とりで)を保ち、
またカリュストスを領する人々、あるいはステュラに住まうものら、
この者どもを率いるのは、エレペーノールとて(軍神)アレースの伴侶(とも)、
カルゴードーンの子で意気の旺(さか)んなアバンテスらが首領(かしら)である、
これらは、トロイアに攻め入るギリシア側の陣容を述べるくだりに含まれているのでした。上の引用によればヘルミオネーは近くの大国アルゴスに服属する国として描かれています。
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