神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ヘルミオネー(2):ヘルミオネーの起源

まずは、町のほうのヘルミオネーについて、その起源を調べていきます。ヘーロドトスは次のように書いています。

ヘルミオネ人は本来ドリュオペス人で、ヘラクレスとマリス人によって今日ドーリスと呼ばれる地方から追われてきたのである。


ヘロドトス著 歴史 巻8、43 から

ヘルミオネー人はドーリス地方から追われて、今のヘルミオネーの場所にやってきたということです。そしてドーリス地方というのはどこかというと、下の地図に示す場所です。

これに関するヘーロドトスの説明は錯綜しているのですが、まとめると次のようになります。

  • ドーリス地方はもともとドリュオピス地方と呼ばれていた。そしてそこがドリュオペス人の住処であった。
  • 彼らは英雄ヘーラクレースとマリス人によってそこから追い出され、その一部はペロポネーソス半島に移住し、そこにヘルミオネーとアシネーの町を作った(上の図の紫の矢印)。
  • その際、ドーリス人がピンドス地方からドリュオピス地方に移住し、そこをドーリス地方と呼ぶようになった(上の図の茶色の矢印)。
  • トロイア戦争ののち、ドーリス人がドーリス地方からペロポネーソス半島に侵入し、その大部分を征服した(上の図の茶色の矢印)が、ヘルミオネーとアシネーは征服されずにドリュオペス人の町として残った。


ギリシア神話におぼろげに姿が映っている時代から、文献資料が豊富になる古典期までに、種族のどれだけ複雑な移動があったかを、ヘーロドトスの以下の記事が垣間見させてくれます。

ペロポネソスには7つの種族が住む。その内アルカディア人とキュヌリア人の二種類は土着民で、昔と同じ地域に今も住んでいる。またその内の一つであるアカイア族は、ペロポネソス外へ出たことはないが、固有の地を離れ他国に居住している。7種族の内残りの4種族は外来のもので、ドーリス人、アイトリア人、ドリュオペス人、レムノス人がこれである。ドーリス人の住む町は数も多くよく知られているが、アイトリア人の住むのはエリス地方のみで、ドリュオペス人の町としては、ヘルミオネと、ラコニア地方のカルダミュレと相対するアシネがあり、パロレアタイ人は全部レムノス系の住民である。キュヌリア人は土着民で唯一のイオニア系住民であると思われるが、長期にわたるアルゴス人の支配をうけてドーリス化されている。いわゆるオルネアイ人でスパルタの周住民のごときものである。


ヘロドトス著 歴史 巻8、73 から


上の記事を整理すると以下のようになります。

  • ペロポネーソス半島の原住民
    • 昔と同じ場所に住む
      • 1. アルカディア
      • 2. キュヌリア人
        • イオーニア系だが、長期にわたるアルゴス人の支配をうけてドーリス化されている。
    • 昔とは別の場所に住む
  • ペロポネーソス半島の外から来た種族
    • 4. アイトーリア人
    • 5. ドリュオペス人
    • 6. レームノス人
    • 7. ドーリス人
      • ドーリス人が一番最後にペロポネーソス半島に移住


さて、ヘーラクレースとマリス人によってドリュオペス人が故郷を追い出された、という話に戻ります。これについてもう少し情報を得ようとして、呉茂一氏の「ギリシア神話」を調べたところ、関係のありそうな以下の記事を見つけました。

西北のドリュオペス族の国を通ったとき、彼(=ヘーラクレース)は食物に困って、ちょうど畑を鋤(す)いていた牛を捉(つか)まえ、料理してみなで食べてしまった。その牛は、国の王テイオダマースの所有だったので、王は彼の無法を憤り、ヘーラクレースが故郷*1へ帰ったところへ、攻め寄せてきた。彼は妻のデーイアネイラをさえ武装させねばならなかったが、結局敵を撃ち破り、王の息子ヒュラースを人質にとって(あるいは王を殺して王子を捕虜とし)和睦した。


呉茂一著「ギリシア神話(下)」より

しかし、肝心な「故郷を追い出される」という話は、上の記事には登場しませんでした。

*1:テーバイのことか