神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ヘルミオネー(4):デーメーテール・クトニアー(冥界のデーメーテール)


(上:エルミオニー「ヘルミオネー」の現在の地名のGoogle衛星写真


ヘルミオネーは長い岬の上に建設されていました。そしてその両側には港がありました。かなり後の時代のことになりますが、AD 2世紀のパウサニアースはその著書の中で、この岬には多くの神殿があったことを伝えているそうです(英語版Wikipediaの「ヘルミオネー」の項によります)。その中でヘルミオネー人を含むドリュオペス族にとって重要な神殿と思われるのがデーメーテール・クトニアーという女神に捧げられた神殿です。通常デーメーテールは農業、穀物の女神と考えられていますが、大地の女神という性格も持ち、さらには冥界の女神とも考えられたらしいです。クトニアーという言葉は「地下の」とか「冥界の」という意味を持っています。

町は引き続き、ドリュオペス人の主要な神であったと思われるデーメーテール・クトニアーの礼拝の主要地でした。そして、アルゴリスから追放された後、メッセーニアに定住したアシネー人が、ヘルミオネーのデーメーテール・クトニアーに捧げ物を送り続けたということを我々はある注目すべき碑文から学びます。(中略)
パウサニアースが言及している多数の神殿の中で最も重要なものは、プロンの丘の頂上にある古代ドリュオペス人のデーメーテール・クトニアーの聖域であり、それはポロネウスの娘であるクトニアーと彼女の兄弟クリュメノスによって建立されたと言われています。それは不可侵の聖域でした。


英語版Wikipediaの「ヘルミオネー」の項より。


(上:デーメーテール


デーメーテール・クトニアーという名の「クトニアー」の部分は「冥界の」という形容詞なのですが、これを女性の名前と解して「クトニアー」という女性にまつわる伝説が出来ました。クトニアーはポロネウスの娘とされています。ポロネウスは原初に生れた人間の一人と考えられ、アルゴスの王でした。ですので、クトニアーの話も非常に太古の話と想定されています。クトニアーは弟のクリュメノスとともにヘルミオネー市に来て、デーメーテールの神殿を創建し、その祭神はクトニアーの名にちなんでデーメーテール・クトニアーと呼ばれるようになった、というのがその伝説です。さらに、クリュメノス(これは「名高い」という意味の名前です)は同じヘルミオネー市に冥界の王ハーデースの神殿を建て、その祭神はハーデース・クリュメノスと呼ばれた、ということです。


クトニアーとクリュメノスが兄弟とされているところが、デーメーテール・クトニアーとハーデース・クリュメノスの間の関係を暗示しているようです。これは、通常知られている神話で、デーメーテールの娘ペルセポネーが冥界の王ハーデースの妃であることに、関係があるのでしょう。デーメーテールとその娘ペルセポネーは「2女神」として一緒に祭られ、しばしば同一視されたので、デーメーテール・クトニアーは冥界の女王だったのかもしれません。そして、この女神はデーメーテールの名でこそ呼ばれてはいるが、本来はドリュオペス人に固有な、他のギリシア人の持つのとは別の女神だったのかもしれません。そしてハーデース・クリュメノスも、通常のハーデースとは別の神だったのかもしれません。


上の、英語版Wikipediaからの引用から、同じドリュオペス人の国アシネーの人々もヘルミオネーのデーメーテール・クトニアーを崇敬していたことが読み取れます。


また、これもパウサニアースが書いていることですが、ここヘルミオネー市には炉の女神ヘスティアーの神殿もあったそうです。一般にギリシアヘスティアーの神殿はすごく珍しいのだそうです(英語版Wikipediaの「エルミオニー」の項、参照。エルミオニーはヘルミオネー市の現在の名前です)。


このように特色のあるヘスティアーの宗教模様でしたが、その中にアルテミス・イーピゲネイアと呼ばれる女神もいました。おそらくこれはイーピゲネイアという女神が女神アルテミスと同一視されたものでしょう。このイーピゲネイアはのちに神話伝説の中の主人公の一人になります。そして、それは女性の方のヘルミオネーにも関係しています。ギリシア神話の中でイーピゲネイアはヘルミオネーのいとことされているのでした。