神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

リンドス(1):はじめに


ロドス島はエーゲ海の東側の南に浮ぶ島です。面積でいうと日本の沖縄本島に近い大きさですが、沖縄本島よりずんぐりとした形です。古代ここにはリンドス、イアーリュソス、カメイロスの3つの都市がありました。どれもドーリス系の都市です。

これら3つの都市についてはすでにホメーロスも「イーリアス」で歌っています。

 またトレーポレモスはヘーラクレースの子で、性(さが)勇ましく丈高く、
ロドス島より九艘の船を率いて来た、この気象のすぐれたロドス人らは
三つの部族にわかたれて、ロドスの島一帯にならび住まうもの、
リンドスとイアーリュソスと、白亜に富めるカメイロスと(の三邑)に。


ホメーロスイーリアス」第2書 呉茂一訳 より

今回は、その中でリンドスを取り上げます。


古代のリンドスの遺跡として、女神アテーナーの神殿があります。その神殿はアテーナー・リンディアと呼ばれていました。アテーナー・リンディアはリンドスの町近くの小高い山の上にありますが、外から見ても中世に建てられた城壁にさえぎられてアテーナー・リンディアは見えません。アテーナー・リンディアは、城壁の中にあります。


神話の世界ではこの町の創建者は町と同じ名前のリンドスという人物で、太陽神ヘーリオスの孫にあたり、兄弟にはイアーリュソス、カメイロスがいて、それぞれイアーリュソス市、カメイロス市の創建者となったということです。太陽神ヘーリオス古代ギリシアではそれほど人気のない神なのですが、例外的にロドス島では主神として崇められていました。この太陽神を主神とするということが、私にはエジプトの影響ではないか、と思えます。古代エジプトの宗教では太陽崇拝が盛んだったからです。これを支持してくれそうな伝説として、ダナオスの伝説がロドス島に伝わっています。ダナオスはエジプト人だったのですが、兄アイギュプトスと争った結果エジプトを出て、ロドス島にやってきて、アテーナー・リンディアの神殿をリンドスに建立した、と伝説は述べています。エジプトからロドス島への人の流れを暗示するような伝説です。


最初に、ロドス島全体に関係する神話からご紹介します。神話の世界でロドス島に最初に登場するのはテルキーネスという種族です。この種族は人間ではありません。その姿は半人半魚とも半人半蛇とも言われています。彼らはとても古い種族で、優れた鍛冶屋であり、クロノスの鎌を作ったのは彼らだと伝えられています。


クロノスというのは神々の王ゼウスの父親で、ゼウスが天下を取る前は神々の王でした。古代ギリシアの神話では神々の王権伝授は平穏には進まず、最初の王ウーラノス(=天)が息子のクロノスに敗れ、次に王となったクロノスは息子のゼウスに敗れて、地中奥深くの世界タルタロスに閉じ込められているというふうになっています。このクロノスの鎌を作ったのがテルキーネスたちということなので、彼らはゼウスが生れるより前から存在していたことになります。


また、テルキーネスたちは、海を支配するポセイドーンがまだ幼児だったころ、その母親のレアーから命ぜられて、カペイラという海に住む女神と一緒にポセイドーンを養育したといいます。そこからもテルキーネスたちの古さが分かります。つまりテルキーネスたちはゼウスによる神界の秩序が確立される以前の世界の種族なのでした。ポセイドーンの持ち物である三叉の鉾を作ったのもテルキーネスたちでした。神々の像を始めて作ったのも彼らでした。彼らはクレータ島からキュプロス島を経てロドス島にやってきたといいます。ロドス島は彼らにちなんでテルキーニスとも呼ばれました。やがて彼らは、(旧約聖書のノアの洪水の話に似た)デウカリオーンの洪水として知られる洪水がロドス島を襲うことを予見し、ロドス島を捨ててさまざまな地方に逃げていったのでした。(以上、高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」から情報を得ました。)



(三叉の鉾を持つポセイドーン)


幼いポセイドーンを養育したり、ポセイドーンに三叉の鉾を作ってやったりしたことから、私はテルキーネスがギリシア神話の中で肯定的な評価を得ているのかと思ったのですが、実際にはそうではなく彼らは災いをもたらす者と考えられていたそうです。そしてアポローンが矢で射て殺したとも、ゼウスが雷霆で撃って殺したとも伝えられています。おそらくゼウスの支配権が確立してからは、彼らに居場所がなかったのでしょう。古代のギリシア人はテルキーネスに善悪両方の存在を見ていたようです。