神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(15):ペルシア戦争

さて、時代をBC 480年のペルシアによる2回目のギリシア本土侵攻の頃まで進めます。この時ペルシア側はギリシア本土全体を服属させるつもりで侵攻してきました。これに対して多くのギリシア都市が抵抗するつもりでいました。彼らはギリシア本土のどこかに集まって、善後策を協議しました。

さてギリシア人の内、祖国の前途を憂い愛国の念に燃える者たちは一か所に会同し、互いに意見を交し盟約を誓い合ったが、協議の結果彼らにとって何を措いても果たすべき緊急事は、彼ら相互間の敵対関係や戦争を終結させ和解すべきであることに衆議が一決した。(中略)さらにはケルキュラおよびクレタへもそれぞれギリシアへの救援を要請する使節を送ることに決定した。彼らの意図したところは、迫りつつある危機がギリシア人全体に等しく関わるべき現状に鑑みて、何とかしてギリシア民族が団結し、一丸となって行動を共にする態勢を整えたい、というにあったのである。


ヘロドトス著「歴史」巻7、145 松平千秋訳 から


こういうわけでクレータ島にも使者がやって来て、対ペルシア戦争に参加するように要請しました。それに対してクノッソスを始めとするクレータの人々はどう答えたかといいますと・・

一方クレタ人は、使命をうけたギリシア人が彼らの勧誘にきた時、次のような行動をとった。彼らは各都市が共同してデルポイへ託宣使を送り、ギリシアを援助することが自国に有利であるか否かを、神意に問うたのである。デルポイの巫女はそれに答えていうには、「愚かなる者どもよ、お前たちはかつてミノスが、(スパルタ王)メネラオス援助に怒りを発し、お前たちの身に数々の悲涙を誘う惨事を降らせたのに、それでもまだ足らぬと不服を申すのか。すなわちカミコスにおけるミノスの横死の報復に、ギリシア人どもは手をかさなかったのに、お前たちは異国の男(=トロイアの王子パリス)の手によって、スパルタから奪われた女(=ヘレネー。メネラーオスの妻)のために、彼らを援助したからじゃ。」
クレタ人は持ち帰られたこの神託を聞くと、ギリシア援助をさし控えたのであった。


ヘロドトス著「歴史」巻7、169 松平千秋訳 から

さて、デルポイの巫女の神託の意味は、以下のようなことです。



(右:神託を伝えるデルポイの巫女)


かつてミーノース王がシケリア(=シシリー)島の町カミーコスで殺されたことの報復にクレータ人たちがカミーコスを攻めた際、ギリシア本土からは誰も援助をしようとしなかった(この話については「(6):トロイア戦争まで」を参照)。しかるに、ギリシア本土のスパルタで、王妃ヘレネーがトロイアの王子パリスによってトロイアに連れ去られた時、スパルタ王メネラーオスはトロイアを攻めようとしたが、クレータ王イードメネウスはそれを援助してトロイアの地に赴いた。そのことにミーノース王の霊は怒りを発して、トロイア戦争後にクレータ島に飢饉と疫病を与えたのだ(この話については「(8):疫病と飢饉」を参照)。今度もギリシア本土の人々を援助するとミーノース王の霊の怒りを招くことになろうぞ。


これが巫女が伝えたアポローンの神意でした。これを聞いてクレータ人たちは対ペルシアの戦線に加わるのを拒絶したのでした。こういうわけでペルシア戦争にクノッソスを始めクレータの人々は登場しないのです。また、幸いにもペルシア軍はクレータ島にやってくることもなかったので、この点でもクレータ人たちの登場の余地はありませんでした。さて、ペルシア戦争の次にくる、古代ギリシアの歴史上の大きな出来事はBC 431年~BC 404年のペロポネーソス戦争です。ここでもクレータ人たちは、主体的に行動する集団としては姿を見せません。彼らは傭兵として登場するだけです。こういうわけでペロポネーソス戦争の頃のクノッソスについても私は何も述べることが出来ません。この頃はギリシアの古典期と言われる時代で、古代ギリシアといったらこの時代のことがメインで紹介されるものなのですが、この頃のクレータ島はあまりスポットライトの当らない地方だったようです。


さらに時代を下ります。BC 350年頃、哲学者プラトーンは、3名の老人がクノッソスからイーダ山の「ゼウスの洞窟」という名の洞窟まで旅をしながら法律のあり方を議論する、という設定の対話編「法律」を書いています。対話編「法律」はフィクションなので、そこに出てくる記述をそのまま信じてよいか分かりませんが、そこに登場する老人の1人はクレイニアスという名のクノッソス市民で、彼はクノッソス政府から、新しく植民市を建設する際の9名の立法者の一人に任命されている、という設定になっています。もう少し当時のクノッソスの様子が分ればと思のですが、この対話編の主題は新しく建設する都市の国制と法律であり、クノッソスについての具体的な描写はありません。それでも、この「法律」の文章を詳しく見ていったらクノッソスについて何か分かるかもしれないと思い、読んでいきます。