神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(16):ディクテオン洞窟

プラトーンの対話編「法律」は、次のように始まります。

アテナイからの客人 ねえ、あなた方、神さまですか、それとも誰か人間なのですか、あなた方のお国で法律制定の名誉をになっておられるのは。


レイニア 神さまです、あなた、それは神さまですよ、いちばん正しい言い方をすればね、わたしたちの国ではゼウスですが、この方の出身地ラケダイモン(スパルタ)では、人びとの説では、アポロンだと思います、そうではありませんか。


メギロス そうです。


アテナイからの客人 するとあなたは、ホメロスにならってこんなふうにおっしゃるのでしょうか、ミノスが、九年ごとに父ゼウスのもとを訪れて話合い、そのお言葉に従って、あなた方の国々に法律を制定したとでも。


レイニア ええ、わたしたちのもとでは、そのように伝えられています。それにまた、ミノスの兄弟であるラダマンテュス、――その名はあなた方もお聞きでしょうが――、彼は、この上なく正しい人であったと伝えられています。ところで、わたしたちクレテ人の言うところでは、この人がそうした称賛をかちえたというのも、当時いろいろな訴訟を正しく裁いたためだったということです。


アテナイからの客人 それはまた、いかにもゼウスの子にふさわしい、見事な名声ですね。ではお二人は、あなたにせよこの方にせよ、そのようなすぐれた法の習慣のなかで育ってこられたのですから、今日は道すがら、国制と法律について話したり聞いたりして時を過ごすのも、思うに、そうまずいことではありますまい。それにともかくも、聞くところでは、クノソスからゼウスの洞窟と神殿までの道のりは、どうしてなかなかのものだといいますし、なにしろこの息苦しい暑さですからね、おそらくは道々、高い樹々の間に、ひと休みする木蔭も見つかるでしょう。それに、わたしたちの年ともなれば、その木蔭でいく度か一休みし、話にまぎらわせて互いに元気づけ、そうやって気楽にその道をすっかり終えるのも、ふさわしいことでしょう。


プラトーン「法律」第1巻第1章 森進一・池田美恵・加来彰俊訳 より

この対話編の登場人物は「アテーナイからの客人」、クノッソスの人「クレイニアス」、スパルタの人「メギロス」の3名です。「アテーナイからの客人」の名前は最後まで明らかになりません。クレイニアスがクノッソス市民であることは、この対話編の別の箇所(第1巻第5章)で「クノソスの人であるこのクレイニアスも」と呼ばれていることから分かります。また、3名が老人であることは、上の引用の最後のほうで「わたしたちの年ともなれば」と書かれているところに、ほのめかされています。そして彼らはクノッソスから「ゼウスの洞窟」まで、そして「ゼウスの洞窟」の近くにある神殿までの長い道のりを歩くことになっていることが書かれています。何のために彼らは「ゼウスの洞窟」まで行くのでしょうか? おそらく参詣のためだと思われますが、はっきりとは書かれていません。


ここで、(クノッソスからは離れた場所になりますが)「ゼウスの洞窟」について見ていきます。太古のこと、神々の王クロノスは、自分の息子に王位を奪われるという神託を受けておりました。

彼は、大地と星散乱(ちりば)える天から聴いていたのだ
己れの息子によって いつの日か 撃ち殪(たお)される定めになっているのを
いかに己れが強くとも・・・・


ヘーシオドス「神統記」廣川洋一訳 より

そこで、彼は妻レアーが子供を生むと、その子供をすぐに飲み込んでしまいました。レアーはクロノスの所業を嘆き悲しみ、ゼウスを身ごもった時に何とか子供を助けたいと思いました。レアーは自分の両親ウーラノス(天)とガイア(大地)にこのことを相談しました。両親は彼女をクレータ島の町リュクトスに送り出しました。(リュクトスの地にはのちにスパルタ人が植民市を建設しました。)

すなわち 両親は 彼女を クレタの豊饒な地 リュクトスに送り遣った。
彼女が その子供らの末子として 大いなるゼウスを出産しようとなさっていた
そのときに。その子供(ゼウス)を 広大な大地(ガイア)は わが身に受けとられた
広いクレタの地で 養い育てるために。
大地は 脚迅(はや)い夜のまに 彼を運んで
かのリュクトスの地へ まずやって来た そして彼を腕に抱き
生い茂る樹木に覆われたアイガイオンの山中
聖い大地の奥処にある 峻厳な洞窟に 匿われた。


同上

「ゼウスの洞窟」というのは、幼子のゼウスが隠されて育てられたこの洞窟のことです。この洞窟は現在のディクテオン洞窟のことだとされています。ディクテオン洞窟は鍾乳洞で、ここでは先史時代の祭祀の跡が見つかっております。

(上:ディクテオン洞窟)