神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(6):トロイア戦争まで

ミーノース王はミーノータウロスの死とアテーナイの少年少女たちの脱走を聞いて怒りました。やがてダイダロスアリアドネーに入れ知恵したことを突き止めると、ミーノースはダイダロスと彼の息子イーカロスをラビュリントスに閉じ込めたのでした。それに対してダイダロスは天才的な工芸家なので、鳥の羽根を集めて自分と息子の腕に蜜ロウで固定して、人工の翼にしました。そして二人はこれを使って空を飛んでラビュリントスを脱出しました。息子のイーカロスは空を飛ぶことに夢中になっていました。その様子を見てダイダロスは心配そうな顔で言いました。「太陽に近づきすぎると、その熱で密ロウが融けてしまうぞ。気を付けなさい。」 しかしイーカロスの耳には父親の忠告は届きません。彼はもっと高く飛びたい気持ちでいっぱいでした。そして、太陽に近づきすぎたために、父親の危惧したように蜜ロウが融けて、翼はバラバラになり、イーカロスは海に墜落して死んでしまったのでした。イーカロスが落ちた海は、彼の名にちなんでイーカリア海と呼ばれるようになりました(エーゲ海の東側の部分。ここにはイーカリア島もあります)。ダイダロスは息子の死を悲しみましたが、ともかく逃げなければならなかったので、遠く西のシケリア島(今のシシリー島)まで飛んでいきました。シケリア島にあるカミーコスという町に着いたダイダロスは、その町の王コーカロスの庇護を受けました。

(上:メリージョセフ・ブロンデル作「イーカロスの墜落」)


ミーノース王は逃げたダイダロスの行方を捜すために、諸方に使者を遣わしました。使者には巻貝と糸を持たせて、この巻貝に糸を通した者に褒美を与える、と布告させました。使者はカミーコスにもやって来ました。コーカロスはダイダロスならばこの課題を解くことが出来るだろう、そうすれば褒美を獲得できるだろう、と考えて使者から巻貝と糸を受け取り、ダイダロスに渡しました。ダイダロスは蟻に糸を結わえつけ、蜂蜜で誘導して巻貝の中に糸を通してみせました。コーカロスはミーノースの使者に得意になって糸の通った巻貝を見せました。これによってミーノースはカミーコスにダイダロスが潜んでいることを知りました。このような難問を解くことが出来る者はダイダロス以外にいないと考えたからです。ミーノースは大艦隊を率いてシケリアに向かい、コーカロスに対してダイダロスを引き渡すように要求しました。しかしコーカロスはダイダロスを引き渡したくなかったので、偽ってミーノースを歓待し、そのあとミーノースに入浴を勧めました。入浴する際にカミーコスの娘たちは父の指図によってミーノースに熱湯を浴びせて殺してしまいました。


ミーノースが死んだのち、クノッソスでは息子のデウカリオーンが王位を継ぎました。デウカリオーンがクレータ王の時に、アテーナイ王テーセウスが攻めてきてデウカリオーンが負けたということです。デウカリオーンは和を乞い、妹のパイドラーをテーセウスに差し出しました。テーセウスはパイドラーを妃に迎え、クレータと和を結びました。デウカリオーンについてはあまり話が伝わっていません。


デウカリオーンの兄にあたるカトレウスについて伝説が伝わっています。彼はクレータ島のカトレーという町の開祖だったということです。彼には三人の娘と一人の息子がありました。息子の名前はアルタイメネースといいます。ある時カトレウスは、自分の息子によって殺される、という神託を受けました。カトレウスはこの神託を子供たちに隠していました。しかし息子のアルタイメネースはその神託のことを知ってしまい、神託の実現を避けるために、ロドス島に移住しました。一人ではなく妹の一人アペーモシュネーと、あと自分の仲間たちを連れて行き、そこでクレーティニアという町を建設しました。それから長い年月が経ちました。カトレウスは息子に自分の国を継がせようと考え、少数のお供とともにロドス島に上陸しました。ところがロドス島の牛飼いたちはカトレウスを海賊と見做して、彼らを撃退しようとして石を投げました。牛飼いたちの犬が吠え騒ぐので、カトレウスが説明しても、その声は牛飼いたちに届きません。騒ぎを聞きつけてアルタイメネースが槍を取って駈けつけました。そして父とは知らずに槍を投げてカトレウスを殺してしまいました。あとで自分の父親であることに気付き、運命を逃れることが出来なかったことを悟りました。彼は神に祈って、大地の隙間に姿を隠したといいます。


デウカリオーンの息子がイードメネウスで、のちにクレータの王位を継ぎました。イードメネウスが王位にあるときトロイア戦争が起きて、彼はギリシア側としてトロイアに向かいました。

さてクレーテー人らを引具(ひきぐ)したのは槍に名だたるイードメネウス
この面々はクノーソスや、塁壁(とりで)をめぐらすゴルチュース、またリュクトス
さてはミーレートス、あるは白亜に富めるリュカストスを保つ者ども、
またパイストスやリュティオンなど、いずれも構えよろしき邑々、
またその他にも百の邑あるクレーテー島の 一帯に住まう者ども、
されば、これらを引具したのは槍に名だたるイードメネウスと、
メーリオネースで、武士を殲(ころ)すエニュアリオスにもたぐえつべきもの
この人々に伴って 八十艘の黒塗りの船が随って来た。


ホメーロス 「イーリアス 第2書」 呉茂一訳 より