神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(4):ミーノータウロス

ミーノースがクレータ島の王に即位する時にそれに異議を唱える人々がいました。その異議を出されたのが、海の神ポセイドーンを祭る儀式の時だったので、ミーノースは、自分がどれだけ神々に愛されているかを人々に示すために、ポセイドーン神に向って、犠牲に捧げる雄牛を与えたまえ、と祈りました。するとポセイドーン神はその祈りを聞こし召して海中から一頭のとてつもなく立派な雄牛を出現させたのでした。(神に捧げる犠牲をその神自身にねだるというのは、どうかと思いますが。) この奇跡を見た人々はミーノースの即位に同意したのでした。

ところが、ミーノースはその牛がとても美しかったので、それを犠牲に捧げるのが惜しくなりました。そこで自分の所有している牛から(ミーノースは多数の牛を所有していました)1頭選んでそれを犠牲としてポセイドーン神に捧げ、出現した牛のほうは自分の牧場に送ったのでした。これにポセイドーン神は怒りました。数年は何事もなくミーノースは王としての日々を過ごすことが出来たのですが、神はその怒りを忘れたわけではありませんでした。神はミーノースのお妃であるパーシパエーに、その牡牛への恋情を起こさせたのでした。それはとても激しい恋情でした。


ちょうどその頃、アテーナイから亡命してきてミーノースに仕えるようになったダイダロスという工芸家がいました。ダイダロスはアテーナイにいた時に自分の甥を殺してしまい、それでアテーナイを逃げてきたのでした。ダイダロスは天才的な工芸家で、とてもありえそうもないものをいくつも発明していました。そこで、パーシパエーは密かにダイダロスに相談しました。ダイダロスは、外見は本物の雌牛に見え、その中はがらんどうで、そこに人が入れるようなものを作りました。足には車が取り付けられてあり、綱で引っ張って移動できるようになっていました。パーシパエーがその中に入るとダイダロスはそれを牧場に引っ張っていき、例の雄牛のそばに置きました。こうしてパーシパエーは思いを遂げたのでした。やがてパーシパエーは牛の頭と人の身体を持つ子供を産みました。彼はアステリオスと名付けられましたが、それよりも「ミーノースの雄牛」という意味の「ミーノータウロス」という通り名の方が有名になりました。ミーノースはこの子供を人の眼から隠すために、ダイダロスに迷宮を作らせ、その中にミーノータウロスを隠して養いました。この迷宮に入ったものは出口が分からなくなり、二度と外に出ることは出来ないと言われていました。

(上:迷宮のようなクノッソス宮殿


ところでミーノースとパーシパエーの間には多くの子供がありました。長男のアンドロゲオースは武勇に優れ、スポーツ万能でした。彼はアテーナイでパンアテーナイアの祭があった時に運動競技に参加し(古代ギリシアでは祭に運動競技はつきものでした)、全ての競技で優勝しました。ところがアンドロゲオースはアッティカ(アテーナイを中心とする地方)でその後変死しているのが見つかりました。彼の優勝を妬んだ者たちによる犯行だとも言われましたがはっきりしたことはわかりません。ミーノースはこれを聞くと激怒し、アテーナイを攻撃しました。アテーナイは降伏し、ミーノースはアテーナイに次のことを約束させました。9年目毎に7名の少年と7名の少女を、身に武器を帯びることなく、クレータに送ること、というのがその約束でした。この少年少女たちの運命はというと、どうもミーノータウロスの餌にされたようです。

ところでこのクレーテーへ向かった若者たちは、最も悲劇的な説話によると、ラビュリントス(迷宮)の中でミーノータウロスに殺されたとか、道に迷って出口を見つけることが出来ず、そこで死んだとかいうことになっている。


プルータルコス著「テーセウス伝 15」 河野与一訳 より。 (旧漢字、旧かなづかいを改めました。)

こういう次第なのでアテーナイの人々はミーノースを悪人と見做していたのでした。


アテーナイの人々はしぶしぶこの約束を2回、果たしました。クレータに送られる少年少女たちは籤で選ばれました。3回目に7名の少年と7名の少女を送るときに、まだ若いアテーナイの王子テーセウスが自ら志願してその中に入りました。テーセウスはそれまでトロイゼーンで祖父と母と暮らしていたのですが、最近アテーナイにやってきてアテーナイ王アイゲウスに息子と認められたばかりでした。彼は、自分と同年代の若者たちの非運に心を動かされ、ミーノータウロスを退治するために志願したのでした。もちろんアテーナイ王アイゲウスは息子の決心を翻そうとしましたが、彼は聞き入れません。あとの若者たちは籤で選ばれました。その中にアテーナイの西隣の国メガラの王女ペリボイアもいました。アテーナイの少年少女を差出すはずのところに、メガラの子供が混ざっていた理由ははっきりしませんが、おそらくメガラもクレータの軍隊によって攻略されたからなのでしょう。この少年少女たちを受け取りにきたミーノース王は、ペリボイアの美しさに目をとめ、彼女に迫ってきました。それをテーセウスが守ったということです。この話はケオース島の詩人バッキュリデースが歌っています。この詩ではミーノースとテーセウスの対決が描かれており、ミーノースが自分はゼウスの子だと言えば、ゼウス神はそれに答えて雷を落とす。それに対してテーセウスは自分はポセイドーンの子である、と言って海に飛び込み、ミーノースが海中に落とした指輪を拾って帰ってくる、という話です。ミーノースは完全にテーセウスの敵役として描かれています。