神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

メガラ(5):アルカトオス

メガラ王になったメガレウスには、ティーマルコスとエウヒッポスという息子がいました。ところがティーマルコスが戦死し、エウヒッポスもキタイローン山(メガラの北にある)のライオンに食われてしまいました。ライオンは古代にはギリシアにも生息していたのでした。こうして跡継ぎを失ったメガレウスは、「息子を食ったこのライオンに復讐した者に娘のエウアイクメーを与える」と布告しました。


さてペロポネーソス半島のピサの王ペロプスには多くの息子たちがいましたが、その中のアルカトオスという者は自分の異母弟クリューシッポスを殺したために国を出奔していました。このアルカトオスがメガレウスの布告を聞き、キタイローン山のライオンを退治したため、エウアイクメーと結婚しました。アルカトオスにはそれ以前にピュルゴーという妻がいてイーピノエーという娘もいたのですが、ピュルゴーを棄ててしまいました。事情はよく分かりませんがイーピノエーは若くしてなくなり、その墓とされるものが、パウサニアースの時代(AD 2世紀)のメガラにありました。そこにはピュルゴーの墓も一緒にありました。ここには何か悲劇の起った気配がありますが、詳しい事情は伝えられていないようです。

これ(=アナクルスリスの岩)とアルカトオスの英雄神殿(私の時代これをメガラ人たちは記録所として使用していました)の間に、彼ら(メガラ人)が言うにはピュルゴーの墓(ピュルゴーはアルカトオスがメガレウスの娘エウアイクメーと結婚する前のアルカトオスの妻でした)とアルカトオスの娘であるイーピノエーの墓がありました。イーピノエーは娘のうちに死んだといいます。娘たちが結婚の前にイーピノエーの墓に献酒し、自分たちの髪の房を捧げるのが習慣になっており、それはデーロス人の娘たちがかつてヘカエルゲとオーピスのために自分たちの髪を切ったのと同様です。


パウサニアース「ギリシア案内記」1.43.4 より


アルカトオスは、メガレウスの後を継いでメガラ王になりました。アルカトオスの新しい家庭にも悲劇はやってきました。まず、彼らの長男のイスケポリスがカリュドーンの猪狩に参加して死んでしまったのです。カリュドーンは、メガラの西方にある町です。カリュドーン王オイネウスはある年の収穫祭のときに、女神アルテミスへの生け贄を忘れてしまいました。これに怒った女神は、カリュドーンに牛ほどの大きさの巨大な猪を送ったのでした。この猪は畑の作物を薙ぎ倒したり、土を掘り返したりして農作物をダメにしてしまいました。困ったカリュドーンの人々は自分たちの王に何とかしてくれ、と訴えます。オイネウスはいろいろ策を講じましたがどれもうまくいかず、最後にはギリシア中から勇士を集めて、猪狩りの会を開催したのでした。猪を仕留めた者には賞品を与えることになっていました。これを聞いて、当時のギリシア中から、腕に覚えのある者たちが集結したのですが、アルカトオスの息子イスケポリスもその一人でした。しかし、悲運にも彼はこの猪狩りで命を落としてしまったのでした。

(上:カリュドーンの猪狩り)


さらに悲劇は続きます。このイスケポリスにはカリポリスという名の弟がいました。この弟もカリュドーンに来ていたので、この不幸な知らせを父親のアルカトオスに知らせようと、メガラに大急ぎで戻りました。カリポリスは、慌てて父親のいるところにやって来たのですが、ちょうどその時アルカトオスはアポローン神への祭祀を行っていました。彼は常日頃、神々の中でもアポローン神をとりわけ崇拝していたのです。ところが、カリポリスは慌てていたので祭祀に使う火のついた薪を蹴散らしてしまったのです。それを見てアルカトオスは怒り、薪の一本を取って怒りに任せて息子を打ちました。打ちどころが悪かったのかカリポリスは死んでしまいました。AD 2世紀、メガラにはカリポリスの墓とされるものもありました。


肉親殺しは古代ギリシアにあっては宗教的な意味での穢れを持つとされた罪でした。この穢れを誰かに清めてもらわない限り、その人は共同体に受け入れてもらえないことになっていました。この時、アルカトオスを清めたのはポリュイードスという当時の有名な予言者でした。ポリュイードスの予言についてはいろいろな伝説がありますが、ここでは省略します。彼は予言者の家系に生まれた者でした。ポリュイードスはメガラにやってきた時、酒の神デュオニューソスの神殿を建立したと伝えられています。


このあとアルカトオスがどうなったのか、また、メガラがどうなったのか、伝えが見つかりませんでした。そのなかで、アルカトオスの娘ペリボイアについては伝えがありましたので、それを紹介します。話はクレータ王ミーノースがアテーナイを攻略して打ち負かした時に戻ります。これによって、アテーナイは9年毎にみつぎ物として少年7名少女7名をクノーソスに送らなければなりませんでした。その若者たちを待ち受けている運命についてはいろいろ説があるのですが、一番恐ろしい話ではクノーソスにある迷宮の中に住んでいる牛頭人身の怪物ミーノータウロスの餌にされる、というものでした。この少年少女たちは籤で選ばれましたが、その中にアルカトオスの娘ペリボイアもいました。アテーナイの少年少女を差出すはずのところに、メガラの子供が混ざっていた理由ははっきりしませんが、おそらくメガラもクレータの軍隊によって攻略されたからなのでしょう。この時、一行の中にはアテーナイの王子テーセウスも交じっていました。彼は当時まだ若くてそれほど目覚ましい働きを世に示していなかったので、一行の少年少女たちも彼がどれほど頼りになるか知りませんでした。この少年少女たちを受け取りにきたミーノース王は、ペリボイアの美しさに目をとめ、彼女に迫ってきました。それをテーセウスが守ったということです。このあとテーセウスはミーノータウロスを退治して、一行の人々を連れてアテーナイに戻ってくるのですが、あまりメガラとは関係がない話なのでここまでとします。(「ナクソス(4):アリアドネー(1)」に少し述べています。)




(右:ミーノータウロスを退治するテーセウス)