神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

スミュルナ(3):アイオリス人の到来

ギリシア人でスミュルナに植民したのは、ギリシア人の一派であるアイオリス人でした。しかし、その植民に関する物語を、残念ながら私は見つけることが出来ませんでした。さて、スミュルナはアイオリス人の都市連合の一員となりました。その都市連合にはまずアイオリス人の町の中で一番大きいキューメーが属し、そのほかにラリッサ、ネオン・テイコス、テームノス、キラ、ノティオン、アイギロエッサ、ピタネー、アイガイアイ、ミュリナ、グリューネイア
の町々が属していました。

(アイオリスの町々。各都市の位置は英語版のWikipediaで調べました。しかしノティオンだけはその位置が納得がいかないので上の地図には載せていません。)


上の地図から分かるのは、スミュルナがアイオリス人の町々の中の最南端に位置していることです。おそらくアイオリス人たちは大陸より前にレスボス島(上の地図でミュティレーネーメーテュムナがある島です)に植民したことでしょう。そうすると、レスボス島に近い町々、たとえばピタネーとかミュリナとかキューメーという町々が次に創建され、スミュルナやアイギロエッサがその後、創建されたと推測されます。ここより南はイオーニア人たちの町々がありました。スミュルナはイオーニアとの境近くに創建されたわけです。


スミュルナの初期の歴史は、例によってまったく分かりません。それで、なるべく古い時代のことの伝承を探したところ、詩聖ホメーロスがスミュルナで生まれた、という伝承を見つけました。ホメーロス叙事詩イーリアス」と「オデュッセイアー」を作ったと言われる伝説上の詩人です。ホメーロス自身がいつの時代の人なのかはっきりしないので、この伝承自体もいつの時代のことを扱っているのかはっきりしません。私は、ヘーロドトスが「歴史」の中で

ヘシオドスやホメロスにしても、私よりせいぜい四百年前の人たちで、それより古くはないとみられる・・・・


ヘロドトス著 歴史 巻2、53 から

と述べているのを根拠にBC 9世紀頃の人ではないか、と考えています。というのはヘーロドトスがBC 450年頃活躍していたので、そこから400年さかのぼって850年頃ではないか、と考えたからです。


ホメーロスは本当の名前をメレーシゲネースというという伝承が広く伝わっており、一方、スミュルナの近くにはメレース川という川がありました。メレーシゲネースという名前は「メレース生まれの男」という意味なので、ここからホメーロスがスミュルナのメレース川のほとりで生まれた、あるいは、メレース川の神の子として生まれた、という伝説が出来たようです。スミュルナの近くにはホメーロスが詩作する際に滞在したという洞窟や、ホメーロスを祭った神殿があったということです。また、ホメーロスという名前はスミュルナの言葉で「盲人」のことを意味し、メレーシゲネースは盲目になった後、ホメーロスと呼ばれるようになったという伝説もあります。以下は、そのような伝説のひとつからの引用です。

真先に挙げるべきはスミュルナの住民の主張であって、そのいうところによれば、ホメーロスはスミュルナの町の傍らを流れるメレース河とニンフなるクレーテーイスの子であって、初めはメレーシゲネースの名で呼ばれていたが、盲目となった後はホメーロスと名が変った。この国では盲人のことをそのように呼ぶのが習慣であるからだという。(中略)
一説によればホメーロスと呼ばれたのは、(中略)盲目の故であるとする説もある。アイオリス地方の方言では、盲人をそのように呼んだからである。


ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」より。岩波文庫のヘーシオドス「仕事と日」に収録。