神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ケオース(2):起源


(上:コレーシアの町)


ケオースの起源伝説を探してみましたが、私は、前回ご紹介したカリマコスの「アコンティオスとキュディッペ」の中の記述しか見つけることが出来ませんでした。しかもこの記述がとても難解です。それでも岩波文庫の注の助けを得ながら、何とか意味を探っていきましょう。

発端は、巨大なライオンにパルナッソスを遂(お)われて、
この島に住んでいた、コリュキオンのニンフらのこと、
島が、ヒュドルサと呼ばれることになった謂(いわ)れだ。次いで、
キロデスが・・・・カリュアイに住みなした次第。
さらに、カリア人レレゲス人がここに住みついたこと、
ラッパの音と共に捧げる彼らの生贄を、鬨(とき)の声の神ゼウスは、
渝(かわ)らずに嘉(よみ)したまう。また、ポイボスと、
メリアの一子ケオスが、島の名を改めさせたこと。
だが、罪と、雷撃による死のこと、魔法使いテルキネスと、
愚かにも、至福の神々を顧みなかったデモナクスのことも、
クセノメデス老は、書板に書き残している。
併せて、年高いマケロと、娘のデクシテアのことも。
神々はこの二人だけは、無事に残してあげなさったのだ。
そして、四つの町の草分けの物語。メガクレスが
カルタイアを、半神なるクリュソの子エウピュロスが、
湧き水も美しいイウリスの郷を、また、アカイオスは、
髪麗しいカリテスのいますポイエッサを、
アプラストスは、コレシオンの町を建てた次第だ。


ギリシア恋愛小曲集」の中のカッリマコス作「アコンティオスとキュディッペ」中務 哲郎訳 より

上の引用の4行目までは前回検討しましたので、5行目「さらに、カリア人レレゲス人がここに住みついたこと」から行きます。カーリア人レレゲス人ギリシアの古典期の頃、小アジアに住んでいた民族です。特にレレゲス人については正体が不鮮明で、彼らはカーリア人の別名であるという説もありました。これらの民族がかつては小アジアだけでなく、エーゲ海の島々やギリシア本土にさえ住んでいたという、ギリシア人による証言が多くあります。上の5行目はケオース島にもカーリア人レレゲス人がかつては住んでいたことを述べています。6~7行目の「ラッパの音と共に捧げる彼らの生贄を、鬨(とき)の声の神ゼウスは、渝(かわ)らずに嘉(よみ)したまう。」は、これらの民族のの宗教儀式について述べたものでしょう。


7~8行目「また、ポイボスと、メリアの一子ケオスが、島の名を改めさせたこと。」の「ポイボス」はアポローン神の別名です。アポローン神とメリアという女性(あるいはニンフかもしれません)との間の子供の名前がケオースで、彼がケオース島に渡ってその島の王となり、彼にちなんで島の名前をケオースに変えた、というような神話がおそらくあったのだと思います。この時に先住のカーリア人レレゲス人の住民をどうしたのか、あるいは追放したのか、そのあたりを知りたいですが、情報がありません。


「だが、罪と、雷撃による死のこと、魔法使いテルキネスと、愚かにも、至福の神々を顧みなかったデモナクスのことも、クセノメデス老は、書板に書き残している。
併せて、年高いマケロと、娘のデクシテアのことも。神々はこの二人だけは、無事に残してあげなさったのだ。」については訳者の中務哲郎氏の注にこうあります。

(テルキネスは)鍛冶の技に長け、自在に雲雨を呼び雹(ひょう)や雪を降らせ、邪視で人畜を損ない、姿を変えることもできた魔術師。通説では、ケオス島ではなくロドス島に住むとされる。
 テルキネスが神々に対して何か重大な罪を犯したため、ゼウスとポセイドンが島と住民をタルタロス(奈落の底)に投げ込んだが、敬神の念篤いマケロ(デモナクスの妻)とその娘デクシテアだけは助けた、とする伝承を、この箇所は踏まえている。


同上

とあります。さらに別の注には

デクシテアはクレタ王ミノスに嫁してエウサンティオスを生む。この人物がケオス島に再植民した。


同上

とあります。ここから伝説のおぼろげな形が見えてくるのですが、まだまだ不明な点が多いです。テルキーネスの罪によってなぜケオース島の住民が一掃されなければならなかったのでしょうか? その理由がわかりません。


最後に「そして、四つの町の草分けの物語。メガクレスがカルタイアを、半神なるクリュソの子エウピュロスが、湧き水も美しいイウリスの郷を、また、アカイオスは、髪麗しいカリテスのいますポイエッサを、アプラストスは、コレシオンの町を建てた次第だ。」について注は

四つの町の建国説話については何も知られていない。


同上

と述べるのみです。これらの物語の詳細が分からないのは残念です。