神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

コリントス(1):はじめに


コリントスギリシア本土のペロポネーソス半島の附け根にある町で、そこは大地が狭くなっており、交通の要衝となっていました。町の北と東南の2方向から海が迫っています。そして町の北にはレカイオーンという名の港が、東南にはケンクレアイという名の港がありました。レカイオーンの港は西の海との、つまりアドリア海や、シケリア島(=シシリー島)、イタリア半島、さらには西地中海各地との交易に用いられ、ケンクレアイの港は東の海との、つまりエーゲ海やその先の黒海などとの交易に用いられました。このように交通の要衝の地に位置するというのがコリントスの町の特徴でした。

BC 5世紀の歴史家トゥーキュディデースコリントスについて以下のように書いています。

コリントス人は陸峡地帯にポリスを営み、きわめて古くから通商の中心を占めていた。というのは、古くはギリシア人はペロポネーソス半島へ往来するとき、海路よりも陸路をえらび、コリントス領を横ぎって互いに交流していたので、この地の住民は、古来詩人らも「富み豊かなる地」とこれを呼んでいるように、物質的な力をたくわえることができたのであった。さらにギリシアの船がさかんに海をわたるようになってから、コリントス人は船舶を建造し、海賊を制圧して、コリントスを海陸両面における商業活動の中心地たらして、財貨の収益によってポリスの勢力を大いに伸長させた。


トゥーキュディデース著「戦史」 巻1、13 から


この2つの港は、神話によればペイレーネーという女神が海の神ポセイドーンとの間に生んだ二人の息子レケースとケンクレイアースの名前にちなんだものということです。二人のうちケンクレイアースは女神アルテミスによって誤って殺されてしまったということで(どんな事情があったのでしょうか?)、その時ペイレーネーが流した涙が泉になり、ペイレーネーの泉と呼ばれるようになったとも言います。

(上:「ケンクレイアースの死」ソフィー・ルード作 1821~23年)


ペイレーネーの泉については別の由来譚もありますが、それはシーシュポスについての話のところでご紹介します。なお、ペイレーネーの父親はアーソーポスで、これはコリントスの西隣りの町シキュオーンの近くを流れる河の名前でもあります。つまり河の神がペイレーネーの父親でした。


コリントスという町の名前はコリントスという人物にちなんで名づけられたと神話は語っています。このコリントスを古代のコリントス人は神々の王ゼウスの息子と考えていましたが、他のギリシア人はその主張を認めませんでした。他のギリシア人によればコリントスはマラトーンの子で、シキュオーンの兄弟だといいます。マラトーン自身は元はコリントスの人ですが、その頃その土地はコリントスという名前ではなくエピュラという名前でした。このエピュラというのはエピュラという女性の名前に由来し、海の神オーケアノス(英語のoceanの元になった言葉)の娘であるということです。


コリントスの起源説話についてはさまざまな話があり、なかなか整理がつきません。上に挙げたコリントスという名の人物のほかに、シーシュポスもコリントスの古い王だったということです。彼は、冥界で永遠の罰を受けている、と言われています。どのような罰かというと、彼は岩を山頂まで押し上げなければならないのですが、頂上まであと少し、というところで決まって岩は転がり落ち、ふたたび最初からこの仕事をしなければならなくなる、というものでした。また、ギリシアから見て東の涯と考えられていたコルキス(今のジョージアのあたり)の王アイエーテースとその娘で魔法使いでもあったメーデイアもコルキスの王だったと伝えられています。


私は、太古、コリントスの所有権を太陽神ヘーリオスと海神ポセイドーンが争った、という伝説から始めてみようと思います。この時、巨人のブリアレーオスが2人の神々の間を調停し、ヘーリオスにアクロコリントスコリントス市の中心であり、山の上にある区画。コリントスアクロポリス)の所有権を、ポセイドーンに地峡(イストモス)の区域の所有権を割り当てたと言います。こうして太陽神ヘーリオスコリントスの主神の地位になりました。その後ヘーリオスコリントスを自分の息子アイエーテースに与えます。しかし、理由はよく分からないのですが、アイエーテースは東の涯のコルキスに行くことになり、彼はヘルメース神の息子ブーノスにコリントスを預けました。その後、コルキスで生まれたアイエーテースの娘メーデイアイオールコスにいたのを、コリントス人が呼び寄せました。この話はBC 8世紀の叙事詩人エウメーロスが伝えているそうです。

紀元前八世紀中頃の叙事詩人エウメーロスの『コリントス物語』から運よく伝存する一断片によると、太陽神(ヘーリオス)がコリントスをわが子アイエーテースに与え、アイエーテースは自分の子か婿か或いは自分自身が帰って来るまで、コリントスをブーノスにあずけたことになっている。その後、メーデイアコリントス人がイオールコスから呼び寄せ、彼女は夫と共にこの国を支配していた。


高津春繁著「ギリシア神話」より