神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

コリントス(4):シーシュポス(1)

メーデイアはその後、アテーナイにおもむき、アテーナイ王アイゲウスの妻になりました。アイゲウスがトロイゼーンのアイトラーに生ませた子テーセウスが成人して、アイゲウスに会いに来た時に、メーデイアはこれを毒殺しようとして失敗し、今度はアジアに逃げました。その時、メーデイアはアイゲウスとの間に生れた息子メードスを一緒に連れていき、メードスはメディア人(今のイラクあたりにかつていた民族)の祖となったといいます。


さて、メーデイアの犠牲になったコリントスクレオーンですが、あまり素性がはっきりしません。コリントスの伝説には何回かクレオーンが登場しますが、世代を考えると同一人物とも思えません。話の都合上コリントス王を登場させざるを得ないがその名前に困ったときに、クレオーンという名前を付けているようです。


素性がはっきりしないといえば、ポリュボス王もそうです。彼はオイディプースを育てた王ですが、コリントスの伝説の中でどこに位置するのかよく分かりません。さて、テーバイの王ラーイオスは自分の息子に殺されるという神託を受けたため、生まれたばかりのオイディプースをテーバイの羊飼いに渡して、この子を殺すように命じました。しかしこの羊飼いは赤ん坊を殺すことが出来ず、知り合いだったコリントスの羊飼いに渡しました。ポリュボス王には子供がなかったので、この羊飼いは赤ん坊をポリュボスに渡しました。喜んだポリュボスと后のメロペーはオイディプースを実の子として育てたのでした。オイディプースは自分がコリントスの王子だと信じて育ちました。成長したオイディプースはある日、酒に酔った男から、あなたは王の実の子ではない、と言われました。そのことを気にしたオイディプースはポリュボスとメロペーには内緒にデルポイに赴いて、自分の素性を神託に尋ねました。しかし、神託はそれには答えず、お前は母と交わり、父を殺すであろう、と告げました。驚き恐れたオイディプースは、その神託の実現することを恐れて、コリントスに戻らない決心をしたのでした。これは有名な話なのでここから先は述べません。ソポクレース作の悲劇「オイディプース王」は緻密な構成を持ち、運命と人間の計らいの関係について考えさせる作品です。オイディプースに下された予言は成就したのでした。


さて、メーデイアが去ったあとのコリントスは誰が王になったのでしょうか? これははっきりしません。ここではシーシュポスがあとを継いだという説に従います。シーシュポスはアイオリス人(ギリシア民族の一派)の祖とされるアイオロスの子です。彼がコリントスの王になった理由はよく分かりません。一説には彼がコリントスを建設したということですが、そうするとマラトーンの子コリントスにちなんで町の名前をコリントスとしたという話と矛盾してしまいます。それはともかくとして、彼は冥界で永遠の罰を受けていることで有名です。ホメーロスの「オデュッセイアー」では、生きたまま冥界下りをしたオデュッセウスが、冥界でシーシュポスを見かける場面が登場します。



(左:岩を運ぶシーシュポス)

それからまったくシーシュポスも見かけました、ひどい苦難を
受けているので、両手でもって、とても巨きな岩を上げていく、
それはいかさま、両手に両足ともその男が踏ん張りまして、
巌を上へと、頂上めがけて、いく度となく押しあげるが、いましも
天頂をさあ越そうというと、そのとき定(きま)って頑固な力が押し返して
よこすもので、またもや下へと、耻知らずな石は転がり落ちるのです。
するとも一度、一所懸命に押しあげていくその手足からは、
汗がしきりに流れて落ち、頭からは塵埃が立つ有様でした。


オデュッセイアー 第11書」 呉茂一訳 より

彼はくり返し永遠に、大きな岩を山の頂上に持っていかなければならないのでした。なぜ、彼はこのような罰を受けるようになったのでしょうか? 罰を受ける理由にもいろいろな説があるのですが、一番有名な説は大神ゼウスが娘を誘拐したのを、娘の父親に告げたから、というものです。私はこの話を知って、シーシュポスは倫理的に当然のことをしたのに不当に罰を受けたと、感じました。ギリシアの神々はしばしば倫理感が欠如しています。特に男の神は美しい女性を誘拐することに躊躇がありません。女神のなかにも人間の男性を誘拐した暁の女神エーオースがいます。そして彼らは神々なので罰を受けません。特に絶対的な権力を持つとされるゼウスに対しては、せいぜいお妃のヘーラーが嫌味を言うぐらいで、誰も咎めることが出来ないのでした。


では、この話を致します。ゼウスが誘拐したのはアーソーポス河の神アーソーポスの娘のアイギーナです。美しい娘に目がないゼウスは地上を遥かに見渡している時にこの娘に目を止め、さっそく誘拐したのでした。父親は娘を探し求めてギリシアじゅうをさまよいました。一方、アクロコリントスにいたコリントス王シーシュポスは人間界でもっとも抜け目ない男とされていましたが、ゼウスが娘を抱えて逃げて行くのを偶然見てしまいました。アーソーポスがコリントスにやってきた時、彼はシーシュポスに娘を知らないかと尋ねました。シーシュポスはアクロコリントスに泉が欲しかったので、泉を作ってくれたら教えてあげようと、答えました。そこでアーソーポスが作ったのがペイレーネーの泉です。シーシュポスはアーソーポスに、娘を誘拐したのは大神ゼウスだと教えました。のちにゼウスがこのことを知って、シーシュポスに上に述べたような罰を与えたといいます。神々の王とあろう者が、酷いことをします。




(左:アイギーナをつかまえるゼウス)