神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

リンドス(6):ドーリス人の到来

トレーポレモス亡きあと、ロドス島はその妻ポリュクソーによって支配されました。彼女は戦死した夫の葬礼競技を催しました。その後、夫が死んだのもトロイア戦争が原因である、そしてこの戦争の原因はヘレネーであると考え、ヘレネーを殺害する機会を伺っていました。後年、ヘレネーがスパルタを追い出されてポリュクソーを頼って来た時に、ポリュクソーはヘレネーを表向きは歓迎しましたが、ひそかに侍女たちにエリーニュス(復讐の女神たち)の格好をさせて、ヘレネーを脅させました。恐ろしくなったヘレネーは木に首を吊って死んでしまいました。ロドス人たちはヘレネーのためにヘレネー・デンドリーティス(木のヘレネー)の神殿を建てました。「(4):アテーナー・リンディア(リンドスのアテーナー神殿)」でご紹介したアテーナー・リンディアに奉納されていたヘレネーの首飾りというのは、おそらくこの物語に関係があったのでしょう。


これはロドス島特有の伝説で、もっと広く信じられた伝説ではヘレネーはスパルタを追い出されてはいないことになっています。


さらにその後のロドス島やリンドスの物語を見つけることは出来ませんでした。そこでロドス島を離れて、ギリシア世界を大局的にみた次の記事で代用します。歴史家トゥーキュディデースは次のように書いています。

トロイア戦争後にいたっても、まだギリシアでは国を離れるもの、国を建てる者がつづいたために、平和のうちに国力を充実させることができなかった。その訳は、トロイアからのギリシア勢の帰還がおくれたことによって、広範囲な社会的変動が生じ、ほとんど全てのポリスでは内乱が起り、またその内乱によって国を追われた者たちがあらたに国を建てる、という事態がくりかえされたためである。また、現在のボイオーティア人の祖先たちは、もとはアルネーに住居していたが、トロイア陥落後60年目に、テッサリア人に圧迫されて故地をあとに、今のボイオーティア、古くはカドメイアといわれた地方に住みついた。また80年後には、ドーリス人がヘーラクレースの後裔らとともに、ペロポネーソス半島を占領した。こうして長年ののち、ようやくギリシアは永続性のある平和をとりもどした。そしてもはや住民の駆逐がおこなわれなくなってから、植民活動を開始した。


トゥーキュディデース「戦史 巻1 12」より

また、トゥーキュディデースは「戦史」巻7・57に「ロドス兵は本来アルゴスからの植民の末でありながら」と書いています。アルゴスはペロポネーソス半島にある都市です。アルゴスがドーリス人に占領されたことは、次の記事からも分かります。

ペロポネーソスを征服した後に、祖神ゼウスの三つの祭壇を築き、その上で犠牲を捧げ、諸都市を籤引きにした。そこで最初の籤がアルゴス、第二がラケダイモーン(=スパルタのこと)、第三がメッセーネーであった。水瓶を持ち来って、おのおのが籤を投入することにした。そこでテーメノスとアリストデーモスの子プロクレースとエウリュステネースは石を投じたが、クレスポンテースはメッセネーを得たいと思って土塊を投げ入れた(テーメノスもアリストデーモスもクレスポンテースもペーラクレースの子孫)。これは溶けるから二つの籤が必ず現われなければならなかった。第一にテーメノスのが、第二にアリストデーモスの子供らのが引かれたので、クレスポンテースはメッセーネーを得た。


アポロドーロス「ギリシア神話」第2巻 8 高津春繁訳 より

これらの記事から、トロイア戦争後にドーリス人のペロポネーソス半島への侵入があり、アルゴスもドーリス人に占領され、アルゴスを占領したドーリス人の中からロドス島に植民した者たちが出た、ということが分かります。


ロドス島へのドーリス人の到来について伝説がないか探していたところ、高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」に以下の伝説を見つけました。

イーピクロス
ロドス島に侵入して、フェニキア人を追い払ったドーリス人の将。フェニキア人はわずかにイアリューソス市の城を保つのみとなり、その将パラントスは、烏が黒く、城中の水槽に魚がいないかぎりは城を保ち得るであろうとの神託を得ていたが、敵に召使が買収され、あるいはパラントスの娘がイーピクロスに恋して、彼の命により石膏で翼を白く塗った烏を飛ばせ、水槽に魚を放ったので、パラントスは降伏した。


高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」より

この伝説では、ドーリス人がやって来る前のロドス島にはフェニキア人が住んでいたことになっています。トゥーキュディデースギリシア人以前にはフェニキア人とカーリア人がエーゲ海の島々に住んでいたと書いていますので、このことはあり得ることです。しかし、考古学ではトロイア戦争があったと推定される時代のロドス島はミュケーナイ文明というギリシア先史文明の影響下にあったとされています。そうすると、ロドス島の住民は、ギリシア人→フェニキア人→ギリシア人、と変わったのでしょうか? 私にはよく分かりません。