神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

メガラ(19):プラタイアの戦い

パウサニアースは以上のようなアルテミス女神の奇跡譚を記していますが、ヘーロドトスはまったく記していません。ペルシア軍がメガラ地方で破壊活動を行なったのちに撤退したのは、コリントス地峡にギリシア軍が集結したという報せを聞いたためだ、としています。ペルシア軍を率いるマルドニオスはもともとアテーナイ近郊やメガラ地方ではなく、騎兵戦に有利なテーバイ近郊で戦う方針でした。この時テーバイがペルシアに味方していたこともその理由のひとつでした。そのためペルシア軍はアテーナイからテーバイに向けて進軍していたのですが、スパルタ兵一千がメガラに到着したことをマルドニオスは聞いて、一千ならば先に叩いておいたほうがよいと考えて急遽進路をメガラに転じたのでした。そして、この一千のスパルタ兵を蹴散らしたのち予定通りテーバイに向ったに過ぎません。


スパルタ兵を中心としてコリントス地峡に集結したギリシア諸都市の連合軍はメガラに進み、ここでメガラ兵が合流しました。さらに東のエレウシスにまで進んだ時に、サラミース島からやってきたアテーナイ兵も合流しました。そしてこの軍はペルシア軍を追ってボイオーティア地方に入り、キタイロン山麓に陣を敷いて、ペルシア軍に対峙しました。山麓に居ては、ペルシア軍の得意とする騎馬戦に持ち込めません。

マルドニオスはギリシア軍が平地に降りてこぬので、騎兵の全部隊をその攻撃にさし向けた(中略)。騎兵はギリシア軍に向って進み、軍団ごとに突撃を繰返したが突撃のたびに大損害を与え、ギリシア軍を女と罵った。
 このときたまたまメガラ人部隊は、全戦線中最も敵の攻撃を受け易い地点に配置されており、敵の騎兵にとってこの方面は最も接近し易かったのである。騎兵隊の突撃を蒙って苦境に立ったメガラ人は、ギリシア軍の司令部に伝令を送った。伝令は指揮官たちに向っていうには、
「メガラ軍よりの口上をお伝えする。『同盟国の方々よ、わが部隊はもはや単独では当初の部署を守り、ペルシア騎兵の攻撃を支えることはできない。これまでは敵の重圧を蒙りつつも、堅忍と勇武とを頼りに持ち耐えてきたが、いまやこの部署を引き継いでくれる新手の部隊を派遣して下さらぬ限り、わが軍はこの部署を放棄するものと承知せられたい。』」
 伝令はこのように司令部に通告したが、パウサニアスは、進んでこの地点に赴き、メガラ人に代ってその部署に就く希望のものはないか、とギリシア諸部隊の意向を打診した。するといずれもその役を望まなかった中に、アテナイ人がこれを引き受けたのであったが、それはランポンの子オリュンピオドロスの指揮する三百の精鋭部隊であった。


ヘロドトス著「歴史」巻9、20~21 から

メガラはペルシア騎兵の攻撃を一番多く受け、損害を被っていたのでした。そこにアテーナイ兵の精鋭部隊が救援にやってきて、ペルシアの騎兵隊を撃退しました。この後、ギリシア軍はキタイロンの山地を下りて、プラタイアへ進出しました。メガラ軍はこの時3000名でした。このあと、プラタイアの戦いがあり、ギリシア側が勝利します。敵将マルドニオスは戦死しました。しかし、この時メガラ兵はペルシアに味方するテーバイの騎兵隊の攻撃を受けて多くの戦死者を出してしまいました。

メガラ軍とプレイウス軍とが敵の近くまできたとき、テバイの騎兵隊は隊伍も整えずに急ぐこの部隊を望見して、馬首をこの部隊に向けたが、この騎兵隊の指揮に当っていたのはティマンドロスの子アソポドロスであった。彼らはギリシア軍中に突入してその兵六百を地上に薙ぎ倒し、残りの部隊を追ってキタイロン山中に封じこめてしまった。


ヘロドトス著「歴史」巻9、69 から

とにもかくにも、この時の勝利によってギリシア人はギリシア本土からペルシア軍を追出すことが出来ました。メガラもようやくペルシアの脅威から解放されたのでした。ギリシア側の軍には多くの都市からの兵が参加していたのですが、実際にプラタイアの戦いで戦ったのは、スパルタ、テゲア、アテーナイ、メガラ、プレイウスの兵だけでした。そういう意味ではメガラは頑張ったのだと思います。ここでもう一度、テオグニスのものとされる詩に戻らせて下さい。


アポローンよ、ペロプスの子アルカトオスを喜ばせるために、
あなたご自身がこの町のアクロポリスを壁で囲まれました。
あなたご自身がこの町をメディア(=ペルシア)の軍勢の無慈悲な暴挙からお守り下さいますよう。
そうすれば人々は、春の到来を喜んで歓喜し、あなたに素晴らしい百牛の贄(にえ)を捧げ、
リュートと楽しい饗宴で喜び、あなたの祭壇の周りで踊り、
パイアーンの叫びをあげましょう。


テオグニス 773~7882行 英訳からの拙訳

メガラの人々は、この詩にあるように「春の到来を喜んで歓喜し」アポローン神に「素晴らしい百牛の贄を捧げ、リュートと楽しい饗宴で」危機が去ったことを祝い、アポローン神の祭壇の周りで踊り、パイアーンの叫びをあげたのだと想像します。パイアーンというのは、アポローン神の別名と言われています。このあともメガラの歴史は続きますが、ペルシアの脅威から解放されたこの時点でメガラの話を終えることにします。