神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

メガラ(17):エウパリーノス

テオグニスの同時代のメガラ人としては、土木技術者のエウパリーノスがいます。彼はサモス島の僭主ポリュクラテースに招かれて、サモスの町へ水を供給するための水路を建設しました。この水路は、サモスの町の背後にひかえる山にある1km以上のトンネルを通っていました。このトンネルを彼は山の両側から掘り進め、ほぼ狂いなく山の内部でつながったといいます。このトンネルは現存していて、見学することが出来ます。



(左:エウパリーノスのトンネル)

私がサモス人についてむしろ長きに過ぎるほど詳しく記してきたについては理由がある。それはギリシア全土に比を見ない大事業を三つも完成したのがサモス人であったからである。その第一は高さ150オルギュイアもある高い山に穿(うが)ったトンネルで、これは山の附根から起り、両側に入口がある。トンネルの長さは7スタディオン、高さと幅はそれぞれ8フィートある。このトンネルの全長にわたってさらに、深さ20ペキュス幅3フィートの水路が開墾されており、この水路を伝って水が巨大な水源から水管を通して町へ導かれている。このトンネルを完成した技師は、ナウストロボスの子エウパリノスというメガラ人であった。


ヘロドトス著「歴史」巻3、60 から

とはいえ、エウパリーノスについて分かっていることはこれだけです。このほかにヘロドトスが別のところで書いている「(サモスの町の)アクロポリスから海岸に通ずる秘密の抜穴」もエウパリーノスが作ったものかもしれません。


エウパリーノスのトンネルに関連して私が思いついたのは、メガラの僭主テアゲネースが作ったという噴水のことです。この噴水の水は山から水路を引いて供給されていたということなので、これはエウパリーノスの水路に似ていると思いました。しかし、テアゲネースはエウパリーノスより約1世紀前の人なので、この噴水をエウパリーノスの作とすることは出来ません。ただ、メガラには水路建設の技術がテアゲネースの頃からあり、その技術がエウパリーノスにまで伝わったのかもしれない、と思いました。さらに想像を膨らませるなら、このような技術はメガラのテアゲネースや、サモスのポリュクラテースのような僭主に好まれたのかもしれません。その技術は水路建設が民生に役立ったり、僭主がいざという時に使うための抜け穴を作るのに役立ったりするからです。一般的に僭主は昔からの貴族よりも技術好きだったのではないか、と私は見ています。そして、エウパリーノスがメガラからサモスに移ったのは、貴族が支配するメガラでよりも技術を重視する僭主が統治するサモスで自分の技術が評価されると感じたからではなかったでしょうか? いろいろ想像が膨らみます。


その後のメガラについては、BC 480年のペルシア王クセルクセースによるギリシア本土侵攻まではよく分かりません。メガラの外を見れば、BC 499年のイオーニアの反乱がありました。これは、イオーニア地方のギリシア諸都市がペルシアの支配に対して起こした反乱でしたが、最終的にはペルシア軍によって鎮圧されました。BC 490年には一回目のペルシアによるギリシア本土侵攻がありました。この時はメガラの隣りのアテーナイによって、アテーナイ近郊のマラトーンでペルシア軍は撃退されました。メガラはこの戦いには参加していません。ペルシア軍の標的もアテーナイと、エウボイア島の都市エレトリアの2都市だけだったのでメガラにペルシア軍が侵攻する危険性は少なかったのでした。しかし、BC 480年の二回目のペルシアによるギリシア本土侵攻は、一回目とは異なり、ギリシア本土全体の征服を目指していました。この時、ペルシア軍はギリシア本土の北側から南に向って進んできました。


ところで、テオグニスの詩とされているものの中にはこの頃のことを詠んだと思われる詩があります。しかし年代から考えてテオグニスの詩ではないでしょう。この名前を知られていない詩人はこう歌っています。

アポローンよ、ペロプスの子アルカトオスを喜ばせるために、
あなたご自身がこの町のアクロポリスを壁で囲まれました。
あなたご自身がこの町をメディアの軍勢の無慈悲な暴挙からお守り下さいますよう。
そうすれば人々は、春の到来を喜んで歓喜し、あなたに素晴らしい百牛の贄(にえ)を捧げ、
リュートと楽しい饗宴で喜び、あなたの祭壇の周りで踊り、
パイアーンの叫びをあげましょう。というのも、
ギリシア人の無頓着さと人々を破壊する不和を見ると、私は本当に恐れます。
しかしあなた、ポイボス(=アポローンの別名)よ、あなたは慈悲深く、この私たちの街をお守り下さい。


テオグニス 773~7882行 英訳からの拙訳

この詩では、神話時代のメガラ王であるアルカトオスが登場します。ここではアポローン神がアルカトオスのためにメガラの城壁を造ったという神話を語っています。次に、「メディアの軍勢」というのはペルシアの軍勢のことです。メディアはペルシアに征服された国ですが、当時のギリシア人は往々にしてメディア人とペルシア人を同一視していました。詩人は、かつてアポローン神がメガラの城壁を造ったように、今回もペルシアの軍勢からメガラを守ってほしいと述べています。

(上:「アポローンとムーサたち」ジョン・シンガー・サージェント作)