神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

トロイゼーン(14):ペルシア戦争

トロイゼーンはアテーナイからの女性や子供からなる避難民を受け入れただけではありません。アルテミシオンの海戦に5隻の軍艦を派遣しており、ギリシア連合軍がアルテミシオンを放棄して次の決戦地であるアテーナイ沖のサラミース島周辺の海域に移った時にも、その5隻がそのままサラミースの布陣に参加しました。一方、今まで戦いに参加していなかったギリシア諸都市からの軍船はトロイゼーンの港に一旦集結したのちサラミースの艦船に合流しました。

アルテミシオンからの艦船がサラミスに集結すると、これを知った他のギリシア海上部隊もトロイゼンからこれに合流してきた。この部隊はトロイゼンの外港ポゴンに集結するようにかねて指令を受けていたのである。かくて集結した艦船の数は、アルテミシオン海戦の時よりも遥かに多数に上り、参加した町の数も増したのである。


ヘロドトス著「歴史」巻8、42 から


トロイゼーンはさらに、ペルシアの陸軍の進撃を阻むためにコリントス地峡に壁を作るのにも参加しました。

ペロポネソスの住民たちは、(スパルタ王)レオニダス麾下の部隊がテルモピュライで戦死したとの報に接すると、各都市から急遽地峡に集まりここに陣を布いた。その指揮に当ったのはアナクサンドリデスの子クレオンブロトスで、レオニダスの弟であった。地峡に陣取ったペロポネソス人は、スケイロン街道を破壊し、ついで協議の末地峡を横断して長城を築くことになった。何分幾万という人員がひとり残らず仕事にかかったので、工事は捗っていった。石材、煉瓦、木材、砂を詰めた籠が続々と運びこまれ、防衛部隊は昼夜の別なく瞬時も休まずに働いたからである。
 国を挙げて地峡の防衛に馳せ参じたギリシア諸国は次のとおりである。スパルタ人にアルカディアの全兵力、エリス人、コリントス人、シキュオン人、エピダウロス人、プレイウス人、トロイゼン人ヘルミオネ人らがそれで、いずれも危機に瀕したギリシアの運命を憂い来援したものであった。それ以外のペロポネソス諸国は、オリュンピア、カルネイアの祭はすでに終っていたにもかかわらず、これに全く無関心であった。


ヘロドトス著「歴史」巻8、71~72 から

この期に及んでもまだペルシアに対抗しようとしないギリシア都市もあったなかで、トロイゼーンは危機感を持って、ペルシア陸軍の進撃を防ごうとしたのでした。




(左:アルテミシア。たぶん後世の想像図)


ところで、トロイゼーンはペルシア海軍の中のある部隊のことが特に気になっていたと私は想像します。それはトロイゼーンの植民市であるハリカルナッソスの部隊です。ハリカルナッソスはこの頃、女傑アルテミシアによって独裁的に支配されておりました。このアルテミシアはペルシア王クセルクセースに臣従し、今回のギリシア遠征に5隻の軍船を率いて参加していました。自分の植民市の軍勢が敵方に参加しているのを知ったトロイゼーンの人々はどんな気持ちだったでしょうか? 残念ながらヘーロドトスはそれについて何も記していません。さて、サラミースの海戦ではギリシア連合軍は奇跡的にペルシア軍を撃退しました。それでもアルテミシアは無事で、ペルシア王クセルクセースの命により、クセルクセースの息子たちを連れて一足先に小アジア側に戻りました。それだけアルテミシアはクセルクセースの信頼が厚かったのでした。

この時よりおそらく200年ぐらいのちのことだと思いますが、トロイゼーンに住んでいたハリカルナッソス人たちがトロイゼーンにエジプトの女神イシスの神殿を建設しています。それを建設した理由は、はハリカルナッソス人にとってトロイゼーンが母都市だから、ということだそうです。一度はトロイゼーンに敵対したハリカルナッソスでしたが、この頃にはそのわだかまりもすでに解けていたということなのでしょう。


(左:デーロス島のイシス神殿。トロイゼーンのものではないが、往時を偲ぶよすがとして掲載)



話をペルシア戦争当時に戻します。サラミースの海戦の翌年もペルシア軍は南下してきました。それを迎え撃ったプラタイアの戦いにもトロイゼーンは兵士1000名を派遣しています。また、ギリシア連合海軍が小アジア側のミュカレーに上陸して、ペルシア軍を撃ち破ったミュカレーの戦いでもトロイゼーンは軍船を派遣しています。なお、偶然にもこの2つの戦いは同じ日に起きたのでした。ミュカレーの戦いではトロイゼーン軍が活躍したことをヘーロドトスが記しています。

この戦闘でギリシア軍中偉功を樹てたのはアテナイ人部隊で、(中略)アテナイ軍に次いでは、コリントストロイゼン、シキュオンの諸部隊の働きが目覚ましかった。


ヘロドトス著「歴史」巻9、105 から


これよりあとのトロイゼーンについて述べるのは、私の力では出来そうにありません。私のトロイゼーンについての話は以上で終りにします。