神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

イオールコス(2):ペリアース

前回引用した「オデュッセイアー」では、ペリアースは神ポセイドーンの息子として、生まれながらに祝福された存在のように描かれていました。

一方、娘のほうは身ごもったすえ、ペリアースとネーレウスとの二人を
生んで二人とも、ゼウス大神さまのたくましい随身とまで
生い立ったのです


オデュッセイアー 第11書」 呉茂一訳 より


しかし、今に伝わるイアーソーンとアルゴー号乗組員たちの冒険の物語ではペリアースは悪役になっています。これはすでにヘーシオドスの頃から悪役だったようで、ヘーシオドスはペリアースのことを「尊大な王 傲慢 無謀 暴威を縦(ほしいまま)にする男ペリアス」(ヘーシオドス「神統記」廣川洋一訳)と歌っています。ホメーロスとヘースオドスの間にそれほど時代の差がありそうにないので、ペリアースについてのホメーロスの描き方とヘーシオドスの描き方をどう調和させればよいのか、私には気になります。ペリアースにまつわる物語には多くの矛盾があり、叙述しづらいですが、なんとかやってみます。



(左:ペリアース)


まず、ペリアースが生れた時の話から始めます。オデュッセイアーでは、ポセイドーンがテューローに語る言葉として「その子供らを養育しみとるがよい」と歌い、その子供たちの行く末について「二人とも、ゼウス大神さまのたくましい随身とまで生い立ったのです」と歌っているだけなので、まるで子供たちは順調に育っていったかのように思えるのですが、のちの伝説では、子供たちは生まれるとすぐに捨てられた、ということになっています。それは父親サルモーネウスに叱られるのをはばかってのことだといいます。(こういう時に子供たちの父親であるポセイドーンが何もしないのが、ギリシア神話男神の勝手なところです。) この子供たちを最初は牝馬が乳を与え、次に通りかかった牧人が拾って育てました。その際、一方の赤ちゃんの顔に牧人の馬の蹄が当たり、その顔に赤いアザ(ペリオン)が出来てしまったので、その赤子をペリアースと名付けたということです。この二人は牧人のところで成人したらしいのですが、そのあたりは詳しく伝わっていません。


一方、テューローのほうはどうしていたかといいますと、父親サルモーネウスが後妻シデーローを娶りましたが、このシデーローが継子のテューローを虐待して、テューローにみじめな暮らしを強いていました。やがて成人したペリアースとネーレウスの兄弟は、自分たちの母親がテューローであることを知り、母親を迫害するシデーローを怒って殺害しました。この時、シデーローはヘーラー女神の祭壇に逃れて命乞いをしましたが、ペリアースは構わずにシデーローの命を奪い、祭壇の神聖を汚したということで、ペリアースはヘーラー女神に憎まれることになった、といいます。


その後、ペリアースとネーレウスは仲たがいし、ネーレウスは遠くペロポネーソス半島の西部にあるピュロスに移住しました。一方、ペリアースは異父兄弟であるイオールコス王アイソーンからその王位を奪いました。

(上:かつてのイオールコスの近くにある現代の町ヴォロス)


ある伝説ではアイソーンはその時老人であって、若いペリアースがその王位を奪い取った、となっています。しかしこれはおかしな話です。テューローはペリアースを産んだのちにクレーテウスの妻になってアイソーンを産んだのですから、ペリアースのほうが年上のはずです。これに関してホメーロスは以下のように歌っていました。

娘のほうは身ごもったすえ、ペリアースとネーレウスとの二人を
生んで二人とも、ゼウス大神さまのたくましい随身とまで
生い立ったのです、うちペリアースは、郷(さと)もはるかなイアオールコスに
数多の羊を飼って住居し、弟はまた砂浜つづくピュロスに(居た)。
のちクレーテウスに、婦女(おみな)たちの女主(めぎみ)として他の子たちを儲けたのが、
アイソーンにペレースに、馬車で巧みに戦さをするアミュターオーンです。


同上

しかも先ほど述べたシデーローの話を考えると、ペリアースが成人するまでテューローは父親の家にいたことになりますので、テューローがクレーテウスの妻になるのはペリアースが生れてからずっとのちのことになります。要するに、伝説というものは多少の矛盾には目をつぶって人々がどんどん膨らませて出来たものだ、ということなのでしょう。シデーローはホメーロスには登場しないので、シデーローに関する話は、ホメーロスよりあとに出来た話なのかもしれません。


いずれにせよ、物語の要になる話としてはペリアースがイオールコスの王位を奪った、ということです。元の王であったアイソーンは、まだ幼ない息子イアーソーンがいました。アイソーンは息子に危険が迫るのを避けるために、イアーソーンをケンタウロス族の賢者ケイローンに預けました。ペリアースはイオールコスの王位にあって、このイアーソーンがいつ王位を取り戻しにくるか警戒していました。そしてペリアースに下った神託は「片方のサンダルの男に注意せよ」と告げていました。