神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

イオールコス(3):イアーソーン(1)

アイソーン王の一人息子イアーソーンは、難を逃れてイオールコスを離れ、ケンタウロス族の賢者ケイローンの許で育ったのでした。ケンタウロス族というのは馬の身体を持つ人々のことです。


ケンタウロス


やがて年月が経ってイアーソーンが成人した時、彼は王位の返還を迫りにイオールコスに向いました。その途中、大雨が降ってきて、前途には水かさを増した川がありました。その岸辺に近付くと、ひとりの老婆が渡るに渡れず困っている様子です。そこでイアーソーンは彼女を助けるために背中に背負って川を渡り始めました。ところが流れの中ほどに来たところ、急にこの老婆の体重がおそろしいほど重くなったのです。それを歯を食いしばって一歩一歩進むうちに、片方のサンダルがぬげて、あっというまに流されてしまったのでした。やっとのことで向こう岸までたどり着き、その老婆を降ろすと、その姿は消えてしまいました。実はこれは女神ヘーラー(ゼウスの正妻)が姿を変えていたもので、これ以降、ヘーラーはイアーソーンの味方をするようになりました。


イアーソーンがイオールコスの宮殿に着いたちょうどその時は、ペリアース王は神事の後の饗宴を開いているところでした。イアーソーンが王の前に進み出ると、ペリアースはそのりりしい姿に目をとめました。しかし、イアーソーンの足元を見たときに片足にサンダルがないのを見て顔色を変えました。ペリアース王は以前聞いた神託「王位はいつか片足だけサンダルをはいた若者に奪われるだろう」を思い出したからです。


イアーソーンはペリアースに対して父の王国の返還を求めました。するとペリアースは、「国民の一人に殺されるであろう、という神託があった場合に、お前ならどうするか?」とイアーソーンに尋ねました。イアーソーンは、その場の思い付きからなのか、それとも女神ヘーラーからのインスピレーションによってか「自分ならばその国民に、コルキス(今のジョージア黒海の東岸にあった国)にある黄金の羊の毛皮を持ってくるように命じるだろう」と答えました。するとペリアースはまさにお前がその国民なのだ、と言い、王位が欲しければ黄金の羊の毛皮(略して金羊毛)を取って来い、と命じたのでした。

コルキスに何で金羊毛があるのか、そしてペリアースやイアーソーンが何でそのことを知っているのか、ということについては物語(プリクソスとヘレーの物語)があるのですが、この話は私の気に入らないので、ここでは述べません。とにかくこの世の果てのようなところに珍しい宝がある、ということです。ところで、この金羊毛は星座のおひつじ座がそうだとも言われています。


イアーソーンは当時の有名な船大工であるアルゴスに、大人数を乗船させることが出来てコルキスにたどり着けるような巨船の製造を依頼しました。この船を作る際には女神アテーナーがみずから、神託で有名なドードーネーの森から霊力を持つ樫の木を切り出しました。その木材から作られた船の舳先は人の言葉を話すことが出来ました。この船はアルゴー号と名付けられました。

またイアーソーンは全ギリシアの冒険を好む英雄たちに、この遠征に加わるように呼びかけました。その呼びかけに応じて有名なヘーラクレースを始めギリシア神話に登場する英雄たちが総勢50名もイアーソーンの許に集まってきました。

アルゴーは、アルゴナウタイのひとり楽人オルペウスの竪琴のしらべにつれて進水した。舵をとるのは、高名な船乗りティーピオスであり、見張りをするのは九里先のかすかなものも見分けるという千里眼のリュンケウス、その他、ゼウスの子で豪傑の聞えも高いヘーラクレース、医術にすぐれたアスクレーピオス、(北風の神)ボレアースの子で翼を持つ兄弟カライスとゼーテース、カリュドーンの英雄メレアグロストロイア戦争の勇将アキレウスの父のペーレウス、以下五十余名の勇士がアルゴーに乗り組むことになった。
(中略)彼らは航海の平穏を祈って神々に生贄を捧げ、酒宴を開いた。その翌日の早朝、港につながれていたアルゴーは、声を発して前夜の酒宴に酔い伏した人々の目をさまさせ、早く出帆しようとせがんだ。そこで人々は船に乗り込み、テッサリアの港パガサイを船出してコルキスに向った。


呉茂一著「ギリシア神話(下)」より

いよいよ船出です。