今度は、イアーソーンとアルゴー号の物語に登場するテッサリア地方の町イオールコスについて調べていきます。ギリシアの伝説によれば、イオールコスの町を創ったのはクレーテウスという人物です。
ところで古代のギリシア人たちは自分たちの土地をギリシアとは呼ばず、「ヘラス」と呼んでいました。そして自分たちのことを「ヘレネス」と呼んでいました。これらの名前の元になったのがヘレーンという神話上の人物です。ヘレーンの息子の一人にアイオロスという人物がおり、彼はアイオリス人(ギリシア人の一派)の祖先だということになっています。イオールコスの町を創建したというクレーテウスは、そのアイオロスの息子の一人です。イオールコスはギリシアの古典時代にはアイオリス方言の人々、つまりアイオリス人の町でしたので、イオールコスの創建者がアイオロスの息子である、という上の伝説はしっくりきます。
とはいっても、クレーテウスについてはイオールコスを建てたということ以外に物語が伝わっていません。むしろ、彼の妻であったテューローの物語のほうが有名です。すでにホメーロスの「オデュッセイアー」にテューローが登場します。これはオデュッセウスが冥界巡りをした時に、冥府の住人になったテューローを見かけたという場面です。
さてその折に、いちばん先に会ったのは、立派な父をもつテューローで、
器量すぐれたサルモーネウスの息女ということ、話のようでは
アイオロスの子の、クレーテウスの奥方にもなりましたが、
かつては神々しいエニーペウスの、河神に恋をしかけたもの、
これは地上を流れる諸川のうちいちばんに、とても綺麗な流れとあって、
その清らかなエニーペウスの河のほとりを、いつも訪ねてさまようところを、
大地を支え、大地を揺るがす大神が、この河神の姿を借りて、
渦を巻く河の流れの注ぎ出口に、例の娘と添臥(そいぶ)しされた、
そのとき浪が涌きあがって、小山をさながら見るようにぐるりを囲み、
弓形をなして曲って立ち、おん神と人間の女を隠したという。
さておん神は、いといい思いのいとなみをみな果たされたとき、
娘子(むすめご)の手をかたく握りしめ、その名を呼んで言われるようには、
「よろこべ、女よ、この愛情に。やがて一年(ひととせ)のめぐるとともに、
そなたは輝くみどり子を設けるであろう、不死なる神の
契りはけして空(あだ)ではないもの、その子供らを養育しみとるがよい、
ではさあ家に帰ってゆけ、だが胸におさめて人にはけして告げるでないぞ、
ところで私(わし)こそ、大地を揺するポセイダーオーン神である。」
こう言われると、波の涌き立つ海原へとおはいりでしたが、
一方、娘のほうは身ごもったすえ、ペリアースとネーレウスとの二人を
生んで二人とも、ゼウス大神さまのたくましい随身とまで
生い立ったのです、うちペリアースは、郷(さと)もはるかなイアオールコスに
数多の羊を飼って住居し、弟はまた砂浜つづくピュロスに(居た)。
のちクレーテウスに、婦女(おみな)たちの女主(めぎみ)として他の子たちを儲けたのが、
アイソーンにペレースに、馬車で巧みに戦さをするアミュターオーンです。
「オデュッセイアー 第11書」 呉茂一訳 より
物語はテューローがクレーテウスの妻になる以前のことが大部分です。テューローはエニーペウス河に恋していて、いつもその河のほとりを彷徨っていたところ、大地を揺する神(海の神でもある)ポセイドーンに見つかって、ポセイドーンの子をはらんだ、というものです。こういう話はギリシア神話には多く、このような話を目にするたびにギリシアの男の神様は、いつもまあ、なんと身勝手な振る舞いをするのだろう、と思ってしまいます。
(左:女性をつかまえるポセイドーン神)
さて、テューローはポセイドーンの子を2人産んだのでした。2人は男の子で、ペリアースとネーレウスと名付けられました。上に引用した詩句の中には
ペリアースは、郷(さと)もはるかなイアオールコスに数多の羊を飼って住居し、
とあるので、ペリアースはイオールコスに住んでいたようです。イアオールコスというのはイオールコスの古い形の地名のようです。このペリアースがやがてイオールコスの王となり、イアーソーンとアルゴー号乗組員たちの冒険の物語ではペリアースが悪役になるのですが、その話はもっとあとでご紹介します。
ともかくテューローは、ペリアースとネーレウスを産んだあと、クレーテウスの妻となったということです。そしてアイソーン以下、3人の子を産んだのでした。アイソーンが次のイオールコス王になります。