トロイアにまつわる伝説はまだまだあって、曙の女神エーオースにさらわれたティートーノスもトロイアの王族で、ラーオメドーン王の息子でした。
(上:ティートーノスをさらうエーオース)
ホメーロスの「イーリアス」では、朝が来たことを表すところで以下のようなフレーズが登場します。
いま暁(あかつき)(の女神)は閨(ねや)から、誇りも高いティートーノスの傍(かたわ)らより
身を起した。不死の神々、また人間らに 光をもたらそうとて。
「オデュッセイアー」の第5書でもほぼ同じフレーズが登場します。これは暁の女神エーオースの夫がティートーノスであることを踏まえたフレーズです。
トロイアの王族については、先にゼウスにさらわれた美男ガニュメーデースの話を紹介しました。そして、このティートーノスも美男ということで女神エーオースにさらわれたのでした。
死すべき人間の中で、とりわけお前の血筋からはことあるごとに、姿、形の点で神に近いものが出ている。
これは、アプロディーテーが、トロイアの王族アンキーセースに語った言葉ですが、トロイアの王家は美男の血筋だったようです。
では、この「アプロディーテーへの讃歌」に登場するティートーノスの話をご紹介します。
神々にも似たティトーノスを、今度は、黄金の座を占めるエーオースが連れ去った。そして、男を不死にしていつまでも生きるようにと願うべく、女神はクロノスの御子、黒雲集めるゼウスのもとにとおもむいた。ゼウスは女神にうなずきかえし、望みをかなえてやった。
同上
女神エーオースは、ティートーノスをさらって天上に連れていくと、神々の王ゼウスに願って、ティートーノスを不死の身にしてもらったのでした。しかし、その願いには落とし穴がありました。
しかし愚かにも女神エーオースは、青春を願うこと、つまりおぞましい老いを男からすっかり取り去ってやることにまったく考え到らなかった。
同上
何ということでしょう。この物語を考え出した人は意地の悪い人ではなかったでしょうか? ティートーノスは不死の身でありながら、老化が進む境遇になったのでした。そのため、物語は次のように進みます。
さて麗しい青春が彼のものであったうちは、男は、黄金の座を占める女神、朝に生まれるエーオースを楽しみながら、大地の果て、オーケアノスの流れのそばに住んでいた。がしかし、美しい頭や高貴な生まれを示す顎に、最初の白い毛が降りかかれば、女神エーオースは、なるほど男をとどめ、不死なるものの食べ物で養い、美しい衣を与えこそしたものの、もはや彼の床から遠ざかるようになった。
同上
恐ろしいのはここからです。
だがとうとう憎むべき老いがすっかり迫ってきて、もはや足を動かすことも上げることもできなくなった時、秀抜な考えが女神の心に浮かんだ。
女神は男を部屋に入れ、輝く扉をかたく閉じた。その声は今もなおとどまることを知らず流れ出ている。以前しなやかな手足にあふれていた力はもはやないけれど。
同上
年取った昔の男などもう用はない、という訳でティートーノスは一室に閉じ込められてしまいました。何でこれが「秀抜な考え」と叙述されるのでしょうか。ギリシアの女神は時として残酷です。倫理感をギリシアの神々に求めても無駄でしょう。私は、ギリシアの神々を金と権力を持った人間として把握するのが適切ではないか、と思ったりします。ところでエーオースは、ティートーノスのほかにも人間の恋人を作っています。星座のオリオン座で有名なオーリーオーンも一時期エーオースの恋人だったと言います。