神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

トロイア(4):ラーオメドーン

ガニュメーデースの兄でエリクトニオスの息子であるイーロストロイアの王位を継ぎました。このイーロスがトロイアの中心になる城を作ったため、その城はイーロスにちなんでイーリオンと呼ばれるようになりました。イーロスがイーリオン建設時に神に祈ったところ、女神アテーナーの像が天から降りてきました。これはイーリオンを守護する力を持つ神像でパラディオンと呼ばれました。以後、パラディオンはトロイアの聖物としてアテーナー神殿の奥に安置されました。 


イーロスの跡を継いだのが息子のラーオメドーンで、この王は信義を守らない人物だったと伝えられています。


ある時、神々の王ゼウスは弟のポセイドーンと息子のアポローンに、一年間、人間の下で働くように命じました。その理由ははっきりしないのですが、どうもポセイドーンとアポローンがゼウスに対して謀反を企てたことに対する罰だった、とも言われています。以下は、イーリアスの中でポセイドーンがそのことを思い出して、アポローンに告げているセリフです。トロイア戦争アポローントロイアに味方するので、ポセイドーンが「おまえは昔トロイアでひどい目に遭ったことを忘れたのか」と非難している場面です。

馬鹿な息子だ、何と愚かな心構えか、それで昔のことも全然(すっかり)
忘れ果てたとは、それ、イーリオス辺(あたり)で、私らが以前 酷い目にあった、
神々中で私ら二人が。あの傲慢なラーオメドーンに、
ゼウスの許からさし遣わされ、一年限(かぎり)を定(きま)った駄賃で
奉公したもの、それで彼奴は指図をしてから仕事を命じた。


ホメーロスイーリアス」第21書 呉茂一訳 より

ところで、ポセイドーンとアポローンは人間の姿に化けてラーオメドーンの所へ行って、使ってくれと頼んだので、ラーオメドーンは二人が神々だとは気づいていません。そして、2人をこき使ったのでした。

それで私は、トロイエー人らのために都を 取巻く囲壁(かこい)を築いてやった、
広々として大層立派なものを、けっして城が落ちないようにと。
またポイボス(=アポローンのこと)よ、御身は、足をくねらす、角の彎(まが)った牛どもを、
谷襞(たにひだ)あまたに、森のしげったイーデーの尾根の間に 飼いならわしたが、


同上

ポセイドーンはイーリオンの城壁を作り、アポローンは牛を飼育したのでした。こうして一年が過ぎたのですが・・・・

さていよいよ、楽しみゆたかな季節のめぐりが、駄賃の払いを
果たすとなった、その時、ラーオメドーンは、酷い奴だぞ、駄賃をまるきり
私ら二人へ 何とあっても寄越さずに、脅しつけて送り返した。
つまり彼奴は、両脚も、上の方では手も縛りあげて、
遠いところにある島々に 私らを 売り渡すといって脅かし、
二人ともども 両耳を 青銅(の刃)で殺(そ)いでやると威張っていた。
そこで私らは帰っていったが、約束しながら果たされなかった
駄賃のことを腹に据えかね、心に恨みを含んでいたもの。


同上

ラーオメドーンはバイト代(?)を支払わなかったのでした。こうして神々を怒らせたラーオメドーンには災難が降りかかってきました。すなわちアポローントロイアに疫病を流行らせました。一方、ポセイドーンは(海の神ですから)海の怪物をトロイアに送って、その怪物に人々を襲わせました。ラーオメドーンが困って、神託に解決方法を尋ねると、神託はラーオメドーンの娘ヘーシオネーを海の怪物に捧げるように命じたのです。そうすれば、疫病も怪物もトロイアを去っていくであろうと。


しかたなくラーオメドーンは、娘を海の怪物に捧げるために海辺の岩に縛り付けました。その時、たまたまそこにやってきたのが剛力無双のヘーラクレースでした。彼はアマゾーンの国から帰ってきたところなのですが、ガニュメーデースの身代わりにゼウスが与えた神的な馬の子孫にあたる馬が欲しくてトロイアにやってきたのでした。そこでラーオメドーンが、ヘーラクレースに海の怪物を退治して娘を助けてくれたならば、馬を差し上げようと申し出ました。ならばと、ヘーラクレースが苦労して怪物を退治したのですが、またしてもラーオメドーンはその約束を反故にしました。怒ったヘーラクレースは、それでも急いでミュケーナイに戻る用事があったので、絶対に復讐に戻ってくるぞ、と言い放ってトロイアを出航したのでした。


のちにヘーラクレースはその言葉通り、兵を率いてトロイアを包囲攻撃し、ラーオメドーンとその息子たちを殺しました。(この時、ヘーラクレースと一緒に戦ったのがテラモーンで、彼はアイギーナの初代の王アイアコスの息子でした。テラモーンについては「アイギーナ(3):アイギーナ植民」に少し書きました。) ラーオメドーンの息子たちのうち、特別に命を助けられたのがプリアモスで、このプリアモスが次の代のトロイア王になります。そしてプリアモスの治世にトロイア戦争が起こり、トロイアが滅びたのでした。

(上:ラーオメドーンを殺すヘーラクレース)