神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ヘルミオネー(8):イーピゲネイアとヘルミオネー


以上、イーピゲネイアとヘルミオネーの物語をご紹介しました。私が思うにこの2つの物語には奇妙な類似点があります。

  • イーピゲネイアもヘルミオネーもオレステースによって連れ戻されていること。
  • イーピゲネイアは、嘘とはいえアキレウスと結婚すると言われ、ヘルミオネーはアキレウスの息子のネオプトレモスと結婚すること。

以上のような類似点があるのですが、さらに、2つの物語のどちらにもオレステースが関わっているのに、イーピゲネイアとヘルミオネーが同時に現れる場面がないことも、不思議と言えば不思議です。



ここからは私のシロウト考えなのですが、実はこの2つの話は元々は1つではなかったのか、と思うのです。ヘルミオネーとイーピゲネイアは同一人物ではなかったのでしょうか? もしそうだとすると、イーピゲネイアとヘルミオネーが同時に現れる場面がないことにも説明がつきます。この私の思い付きをさらに進めると、イーピゲネイアが元々女神であったのならば、ヘルミオネーも女神だったのだろうと考えます。そして町のほうのヘルミオネーはその女神にちなんで名づけられた、という想像も出来ます。


さて、トロイア戦争に参加したヘルミオネーですが、そこでヘルミオネーの兵士たちがどのような活躍をしたのか、ホメーロスは何も記していません。やがてトロイア戦争が終わるとギリシア本土は大動乱に巻き込まれます。

トロイア戦争後にいたっても、まだギリシアでは国を離れるもの、国を建てるものがつづいたために、平和のうちに国力を充実させることができなかった。その訳は、トロイアからのギリシア勢の帰還がおくれたことによって、広範囲な社会的変動が生じ、ほとんどすべてのポリスでは内乱が起り、またその内乱によって国を追われた者たちがあらたに国を建てる、という事態がくりかえされたためである。また、現在のボイオーティア人の祖先たちは、もとはアルネーに住居していたが、トロイア陥落後60年目に、テッサリア人に圧迫されて故地をあとに、今のボイオーティア、古くはカドメイアと言われた地方に住みついた。また80年後には、ドーリス人がヘーラクレースの後裔らとともに、ペロポネーソス半島を占領した。


トゥーキュディデース「戦史 巻1 12」より


ドーリス人がペロポネーソス半島に南下して次々に町々を占領した時に、ヘルミオネー市は無事だったようです。ヘルミオネー市はドーリス人の町にならず、ドリュオペス人の町のままで存続したからです。それはヘルミオネーの人々が強かったからなのか、それともドーリス人の目にこの土地が魅力的に映らなかったからなのか、分かりません。このあたりの伝説が残っていれば、と思うのですが、どうも残っていないようです。