神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クノッソス(21):ミノア人

ここからは視点を変えて、考古学によって古代のクノッソスやクレータ島についてどのようなことが分かってきたかを見ていきます。クレータ島の先史時代の文明を考古学ではミノア文明と呼んでいます。この名前は、伝説上のクレータ王ミーノースの名前に由来しています。


さて、クノッソス宮殿の一番古い部分はBC 1900年頃に建てられたと推定されています。ここから見ていきましょう。

  • BC 1900年頃にクノッソスの最初の宮殿が建てられる。
  • BC 1700年以前のいつかの時点で地震による宮殿崩壊。その後復旧。
  • BC 1628年頃にテーラ島の大噴火。
  • BC 1600年頃。ミノア文明の盛期。
  • BC 1450年頃、クレータ島の各地の宮殿が破壊され、クノッソスの宮殿だけが残る。たぶん、この頃ミュケーナイ文明のギリシア人がクノッソス宮殿を占拠。
  • BC 1350年頃。クノッソス宮殿の崩壊


ギリシア人がギリシア本土からやってきてクレータ島で支配権を握ったのはBC 1450年頃と推定されています。それ以前は別の民族がクレータ島の支配権を握っていました。この民族がギリシア人ではないことは確実なのですが、どういう民族であるか分かっていません。そのため、考古学では彼らのことを便宜的にミノア人と呼び、彼らの使っていた言語をミノア語と呼んでいます。ミノア語については線文字Aという文字体系が見つかっています。

(上:線文字A)


この線文字Aが解読されれば、ミノア語がどんな言語であるかが分かり、さらにそれがどんな民族であるか、あるいはどんな民族に近いかが分かるのですが、広く承認された解読がいまだにありません。ミノア語については、北西セム諸語に属する言語である、という説があります。北西セム諸語の中にはフェニキア語やヘブライ語があります。この説に魅力的なところは、ギリシア神話に登場するエウローペーの物語がそれを支持しているように見えるところです。ミーノースの母親エウローペーは「(1):エウローペー」で述べたようにフェニキアの王女だったからです。他にはヒッタイト語やルウィ語、あるいはそれに近い言語という説もあります。こちらはインド・ヨーロッパ語族アナトリア語派に属します。


古典時代のギリシア人にとって身近なアナトリア語派の民族はカーリア人であり、身近な北西セム諸語の民族はフェニキアでした。古典時代のギリシアの歴史家トゥーキュディデースは、太古のエーゲ海の島々に住んでいた民族について以下のように述べているので、クレータ島の先住民族が北西セム諸語を話す民族か、あるいはアナトリア語派を話す民族である可能性は高いと思います。

当時島嶼にいた住民は殆どカーリア人ないしはポイニキア人(=フェニキア人)であり、かれらもまたさかんに海賊行為を働いていた。これを示す証拠がある。今次大戦(=ペロポネーソス戦争[BC 431~404年]のこと)中にデーロス島がアテーナイ人の手で清められ、島で死んだ人間の墓地がことごとく取除けられたとき判明したところでは、その半数以上がカーリア人の墓であった。これは遺体と共に埋められていた武器や、今日なおカーリア人がおこなっている埋葬形式から判った。


トゥーキュディデース著「戦史」巻1、8 から


しかしミノア語については、上記2つ以外にも説があります。たとえばティルセニア語族に属するという説があります。この語族にはイタリア北部の古代語であるエトルリア語や、エーゲ海北部の島レームノスに碑文が残っているレームノス語が、属します。しかし、これらの言語でさえ完全な解読までには至っていないので、そこに未解読のミノア語を属させるというのには無理がありそうに思えます。さらには、今まで知られているいかなる言語とも親族関係にない、という説もあります。結局のところどの説も有力にはなっていないようです。

それにしてもBC 1900年頃から宮殿を建設し始めたというのには驚きます。これは日本の歴史で考えれば、卑弥呼の時代より2100年以上前のことです。この宮殿は200年ほど経ったBC 1700年頃に一旦、破壊されたということです。

初期の宮殿は、中期ミノアII期の間に、BC 1700年頃以前のある時点で破壊されました。 それはほぼ確実に、クレータ島では起こりがちである地震による破壊です。BC 1650年頃に、それらはより大規模に再建され、第2宮殿の時代 (1650 年頃~1450 年頃) はミノアの繁栄の頂点を示しました。すべての宮殿には大きな中庭があり、公の儀式や見世物に使用されたと考えられます。居住区や保管室、行政中心が中庭の周囲に配置され、熟練した職人の作業場もありました。


英語版Wikipediaの「クノッソス」の項より