神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ピュロス(2):メランプース

ネーレウスがピュロスに行き、ピュラースを追い出してピュロスの王となったのちは、アムピーオーンの娘クローリスと結婚し、二人の間には12人の息子と一人の娘ペーローが生れました。このペーローが年頃になると、その美しさで評判になり、近隣の名のある若者たちがペーローを妻にと望んだのでした。

またとりわけて器量のよいクローリスにも会いました。ネーレウスが
その美しさに数しれぬほどの結納をやり、むかし妻にと迎えたもの、
イーアソスの裔アンピーオーンの乙娘とて、この方はもと
ミニュアースの一族が拠る、オルコメノスに王として威権をふるった、
それで彼女はピュロスの王の妃となって、立派なお子さま方を
儲けられた、ネストールにクロミオスに、戦に強いペリクリュメノスと、
それに加えて気品の高いペーローをお産みのところ、世人の眼をみはらす
ほどの美しさに、あたりに住まう若殿ばらがみな競って妻にと求め寄るのを、
・・・・


ホメーロスオデュッセイアー」第11書 290行あたり 呉茂一訳 より


しかし、ネーレウスは婿になろうとする若者たちに厳しい条件を出しました。

・・・・あたりに住まう若殿ばらがみな競って妻にと求め寄るのを、
ネーレウスは、脚をくねらす額の広い牛どもをピュラケーから追い
連れて来る者でなければ彼にやらぬ、と申すのは、イーピクロス
殿が所持する難儀な牛です。・・・・


同上

「イーピクロスの殿が所持する難儀な牛(群)」というのは、ホメーロスよりのちの時代の伝説ではイーピクロスの父親であるピュラコスの所有する牛ということになっています。この牛たちを獰猛な犬が守っており、これを連れ出すことは容易ではありませんでした。この牛たちは元々ネーレウスの母親の所有だったのをピュラコスが奪っていったものだと言われています。それでネーレウスはこの牛たちを連れて来たものに娘を与えると言ったのでした。


さて、ピュロスに住むビアースという者もペーローを妻にと望んだ一人でした。しかしビアースにはピュラコス(またはイーピクロス)の牛たちを連れてくることが出来ません。それで彼は弟のメランプースに助けを求めたのでした。というのもメランプースは予知の能力を持つ予言者だったからです。メランプースは兄の依頼を引き受けましたが、自分は牛を盗んでいるところをピュラコスの牛飼たちに発見されて、1年間牢獄で過したのちに、牛を手に入れるだろう、を自分の身の上を予言しました。そしてその通りになったのでした。

・・・・それを一人だけ、申し分なく立派な占い師
(メランプース)が追って来ようと約束しました。だが苛酷な運命(さだめ)が
彼を縛って帰さなかった。辛い牢獄(ろうや)や田舎の粗野な牛飼どもなど。
だがいよいよ月の数また日の数が、つみ重なって期限に達し、
一年がふたたびもとへ巡り帰って、時機到来とあいなりますと、
そのときついにイーピクロスは、占い師を釈放しました、神のお告げを
残らず彼が説き明かしたので、ゼウスの御意図を完(まっと)うしたもの。


同上

オデュッセイアーの上の記事だけでは、何が起きたのかはっきりしませんので補足します。メランプースはピュラコスに捕まり、牢屋に入れられたのですが、やがて入牢して1年というときに、この牢屋の屋根の人の見えない所にいる虫たちが話し合っている声を聞きました。虫たちは、ここの屋根の梁もほとんど食いつくしたねえ、と話していたのでした。そこでメランプースは牢番を呼び、自分を他の牢に移すように頼みました。この願いが聞き届けられて、メランプースは別の牢に移ることができたのですが、その後しばらくして、メランブースが元いた牢の屋根が崩れ落ちました。この事件がピュラコス(またはイーピクロス)の耳に入ると、彼はこの盗人が神々に愛された人であることを悟って、メランプースを釈放したのでした。ピュラコスはメランプースに、息子のイーピクロスに子供が生まれない理由を尋ねました。メランプースは鳥たちを呼び寄せてその理由を聞いたのですが、その詳細は省略します。ともかくイーピクロスは息子を得ることが出来、これによってピュラコスはメランプースに牛たちを与えたのでした。この牛たちをメランプースはピュロスのネーレウスの許に連れて行きました。こうして兄のビアースはネーレウスの娘ペーローを妻に迎えることが出来たのでした。

・・・・彼(メランプース)は死の運命を免れおおせて、烈しい唸り声をたてる
牛どもを逐い、ピュラケーからピュロスへ戻って、神とも並ぶネーレウスに
不当な仕事の償いをさせ、兄(ビアース)には花嫁御を
館へ迎えとらせてやった・・・


ホメーロスオデュッセイアー」第15書 235行あたり 呉茂一訳 より

このあとメランプースはアルゴスに移住して、やがてそこの王になるのですが、そのお話はピュロスにあまり関係がないので、ここでは述べません。