神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

メガラ(3):王位争い

前回私は、レレゲス人はエーゲ海の島々に住んでいた、としましたが、そうも言い切れないところがあり、悩ましいです。というのは、小アジアエーゲ海沿岸にもレレゲス人が住んでいた痕跡があるからです。そのことについてお話します。まずは、イーリアスからの証拠です。

またもや 貴君(あなた)に委(まか)されるとは。命短く私を母の、
アルテース老人の娘に当る ラーオトエーは生みつけたもの、
そのアルテースは、戦さを嗜(この)むレレゲス族を治め知ろして、
サトニオエイスの川ほとりに峻(そそ)り立つ ペーダソスを保っております。


ホメーロスイーリアス」第21書 から(86行目あたり)

上のセリフを言っているのは、戦場でギリシア側の勇士アキレウスに捕えられたリュカーオーンというトロイア側の人物です。この引用から分かるのは、リュカーオーンの母方の祖父はアルテースという名前で、レレゲス人を治めており、ペーダソスという町の王であった、ということです。このペーダソスは、サトニオエイス川という名前の川のほとりにあるということで、そこからこの町はトローアス地方(トロイアの周囲の地方)にあると推定されています。


次に紀元前後に活躍したストラボーンが著書「地理誌」(13.1.51)の中で、BC 6世紀のミュティレーネーの詩人アルカイオスの詩句「まず初めにアンタンドロス、レレゲスの町」を引用しています。このアンタンドロスもトローアス地方にあります。もっともこのアンタンドロスのことを後世のヘーロドトスは「ペラスゴイ人の町アンタンドロス」と呼んでいます。ペラスゴイ人も正体が謎の民族です。ペラスゴイ人については、「サモトラーケー(8):ペラスゴイ人」で少し書いたことがあります。後世になるとレレゲス人とペラスゴイ人の区別がつかなくなったのでしょうか? そうなるとレレゲス人はカーリア人と混同されたり、ペラスゴイ人と混同されたりした、ということになるのですが、一方で、ペラスゴイ人とカーリア人が混同された例を私は見たことがありません。このあたりどんな事情があるのか気になりますが、私には解けそうにもないので、ここまでにしておきます。


さて話をメガラの王となったレレクスに戻します。その後のメガラの歴史はパウサニアースによれば、以下のようなものだそうです。

ポロネウスの子カールの12世代のちに、レレクスがエジプトから到着して王になり、彼の治世にレレゲス族がその名前を得たとメガラ人は言います。レレクスはクレソーンを生み、クレソーンはピュラースを、ピュラースはスケイローンを生んだと言います。スケイローンはパンディーオーンの娘と結婚し、その後パンディーオーンの子ニーソスと王位を争いました。この争いはアイアコスによって解決し、彼はニーソスとその子孫に王権を、戦争における主導権をスケイローンに与えました。さらに、ニーソスは、ポセイドーンの子メガレウスに引き継がれ、彼はニーソスの娘イーピノエーと結婚したと言いますが、彼らはニーソスの治世におけるクレータ人との戦争と都市の占領を完全に無視しています。


パウサニアース「ギリシア案内記」1.39.6より

さて、レレクスの息子がクレソーンで、クレソーンの息子がピュラースですが、ピュラース以降の物語については、いろいろ矛盾する話が伝えられています。まずは、上に示すメガラ人の伝える物語を紹介します。レレクス、クレソーン、ピュラースまでは皆メガラの王でしたが、ピュラースの子のスケイローンはメガラの王にはなれず、代わりに王になったのがニーソスという人物でした。ニーソスはアテーナイ王パンディーオーンの息子でした。なぜ、ニーソスがメガラの王になったかというと次のような事情がありました。


パンディーオーンは元々アテーナイ王でしたが、従兄弟たちに追われてメガラに亡命してきました。メガラに亡命してきたのは、パンディーオーンがメガラ王ピュラースの娘ピュリエーを妻にしていたためと言われていますが、パンディーオーンがピュリエーと結婚したのはメガラに亡命して来てからだ、という説もあります。パンディーオーンとピュリエーの間には四人の息子アイゲウス、パラース、ニーソス、リュコスが生まれました。その後、ピュラースが自分の叔父ピアースを殺してしまったために(その事情はよく分かりませんが)、メガラを追放されることになり、ピュラースはパンディーオーンにメガラの王位を譲りました。その後、パンディーオーンが死んだのち、アイゲウスがアテーナイ王位を取り戻し、アテーナイ王になりました。ニーソスはメガラの王位を引き継ぎました。この時にニーソスはピュラースの息子スケイローンとメガラの王位を巡って争ったといいます。そして、この時両者を裁定したのがアイギーナ島の初代の王アイアコスでした。アイアコスはスケイローンの娘エンデーイスを妻としているところから、この王位争いに介入したようです。しかし、アイアコスはニーソスにメガラ王位を認めました。その代りスケイローンには戦争が起きた時の軍の指揮権を与えることで、両者の争いを収めたのでした。


ケイローンがメガラの王になれなかった事情は以上のようなものでしたが、アテーナイの伝説によればスケイローンはメガラ王の息子などではなく、旅人を襲う強盗なのでした。彼はアテーナイの英雄テーセウスによって退治されたことになっています。