神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

クニドス(1):はじめに


(上:クニドスを含むドーリスの6都市同盟の都市)


クニドスはエーゲ海小アジア側にあったドーリス系の都市です。クニドスの町の位置は、大陸と、トリオピオンという名の島との境のところにあり、島はわずかなつなぎ目で大陸とつながっており、クニドスはまさにそのつなぎ目のところにありました。

彼らの住む地域は海に面し、トリオピオンの名で呼ばれる地方がそれであるが、(東は)ビュバッソスの半島に起る。クニドスの領土は僅かな地域を除いてことごとく海に囲まれ、北をケラメイコス湾、南をシュメおよびロドスの海域が限っている・・・・


ヘロドトス著「歴史」巻1、174 から

そして、島側の土地はアポローンの聖域とされていて、この神をトリオピオンのアポローンと呼んでいました。

・・・・このトリオピオンというのは、クニドス領の突端に伸びている岬であり、アポローン神の聖域とされていた。・・・・


トゥーキュディデース著「戦史」巻8・35 から

このアポローン神の聖地については、高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」の「ヒュアキントス」(花の名前のヒアシンスの由来の元になった神話上の人物)の項で気になる記述を見つけたので、ご紹介します。

ヒュアキントス
・・・・しかしヒュアキントスは、その-nth-なる接尾辞がよく示しているように、本来はギリシア先住民族の名であり、ヒュアキンティアなる祭礼をもち、この地方では少年ではなく、有髯の壮年の姿で表わされ、さらにヒュアキントトロポス(ヒュアキントスを育てる)なる称呼がクニドス島のアルテミスに与えられている点などからみて、アポローンによって取って代られた先住民族の神であったに違いない。ドーリスの諸市にはヒュアキントスなる月名が見いだされる。


通常の神話ではアポローン神の寵愛する美少年として登場するヒュアキントスですが、これを高津氏は「アポローンによって取って代られた先住民族の神」と推定しています。しかもその推定にクニドスのアルテミスが「ヒュアキントトロポス」と呼ばれていたことを用いています。するとこの「トリオピオンのアポローン」はかつてはヒュアキントスだったのかもしれません。


さて、クニドスは近隣のドーリス系の5都市と一緒に6都市同盟を形成していました。それらの町々は、ロドス島にあるリンドスイアーリュソス、カミロスの3つの町、コース島にあるコース、大陸にあるハリカルナッソスとクニドスの6つです。これら同盟の町々は「トリオピオンのアポローン」への信仰を共有していました。しかし、いつの時代のことかはっきりしませんが、この6都市同盟からハリカルナッソスが除名されて5都市同盟になってしまいました。そのわけをヘーロドトスは次のように伝えています。

彼ら(=上記の6都市)は近隣のドーリス人のどの町もトリオピオンの聖地に入れぬようにしているが、そればかりか自分たち同士の間でも、聖地に関して法を犯したものは、参与を禁じて締め出してしまったのである。その話はこうである。「トリオピオンのアポロン」の競技には、以前は優勝者に青銅の鼎が賞品に出されたが、賞品を得た者はそれを聖地から持ち帰ってはならず、その場で神に奉納せねばならぬ掟になっていた。ところがハリカルナッソスの者でアガシクレスという男が、優勝した後その掟を無視して鼎を我が家へ持ち帰り、家の前に釘で留めて吊したのである。この咎を盾に、五つの町、すなわちリンドスイアリュソス、カミロス、
コス、クニドスの諸都市は、第六番目の町に当るハリカルナッソスの参加を禁じて締め出したのである。


ヘロドトス著「歴史」巻1、144 から


クニドスを建設したのはスパルタ人であるとヘーロドトスは言っています。他の説によるとスパルタとアルゴスの両方からの植民だということです。神話の世界ではもっと以前にトリオパースまたはトリオプス(「三つ目」の意)という不気味な名前の男がクニドスの創建者ということになっているようです(高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」の「トリオパースまたはトリオプス」の項より)。しかしその項を読んでも、この「トリオパース」または「トリオプス」にまつわる話は見つかりませんでした。また、スパルタ人がどのような経緯でクニドスを建設したかという話をいろいろ探したのですが、これも見つけることが出来ませんでした。そのため私がクニドス建設についてご紹介出来るような話はありません。


近くのコース島には医療の神アスクレーピオスの有名な神殿がありましたが、クニドスにもアスクレーピオスの神殿はありました。そしてこの両方の土地にはアスクレーピオスの後裔と称する医師団がいました。それらがやがて古代ギリシアの医学におけるコース派とクニドス派になっていくのですが、英語版Wikipediaの「クニドス」の項によれば、クニドス派はヘレニズム時代より前にはさかのぼれないそうです。



(右:医療の神アスクレーピオス)