パロス島が登場する数少ない伝説のひとつは、英雄ヘーラクレースが、十二の功業のひとつ、アマゾーン族の女王ヒッポリュテーの帯を持ってくる話の中の、エピソードになっているものです。
(ヘーラクレース)
そのエピソードを紹介する前に、(パロスから話が離れてしまいますが)ヘーラクレースの十二の功業とはどういうものなのかをお話しします。
ある時、ヘーラクレースは女神ヘーラーから送られた狂気によって自分の子供たちを殺してしまったのでした。その罪を償う方法をデルポイの神託に彼が尋ねたところ神託は、ミュケーナイ王エウリュステウスに12年間奉仕し、彼に命ぜられた仕事(難行)を行なえ、と命じたのでした。そしてその難行を全てやり終えたのちにヘーラクレースは天上の神々に迎えられ不死になるであろうと、神託はつけ加えたのでした。
こうしてヘーラクレースはエウリュステウス(これが臆病なうえに卑劣な男なのでした)に命じられた無理難題をひとつひとつこなすことになります。これがヘーラクレースの十二功業と呼ばれるものです。それらは以下のものでした。
- ネメアーのライオンの皮をとってくること
- レルネーの水蛇(ヒュドラー)の退治
- ケリュネイアの鹿の生け捕り
- エリュマントスのイノシシの生け捕り
- アウゲイアース王の厩(うまや)の掃除
- ステュンパーロスの森にいる鳥を追い払うこと
- クレータ島の牡牛を連れて来ること
- ディオメーデース王所有の人食い馬を捕えてくること
- アマゾーン族の女王ヒッポユテーの帯をとってくること
- ゲーリュオネースの牛たちをつれてくること
- ヘスペリア(西の果ての国)の黄金のリンゴをとってくること
- 冥界の番犬ケルペロスを捕えてくること
その中のひとつがアマゾーン族の女王ヒッポリュテーが持っているといわれる帯を持ってくるように、という難題でした。アマゾーン族は東の果てに住む、女性だけの勇猛な部族でした。その女王は、女王である印として特殊な帯を持っているのですが、それをエウリュステウスの娘のアドメーテーが欲しがったのでした。このためヘーラクレースははるばると東の果て、アマゾーン族の国までこの帯を求めていったのでした。
十二功業に関する説明はここまでとして、次にパロスに関するエピソードに進みます。
さてヘーラクレースと彼に従う仲間たちは「ヒッポリュテーの帯」を求めて小アジアに行く途中、パロス島に寄港しました。当時パロス島を治めていたのはクレータの王ミーノースの息子であるネーパリオーン、エウリュメドーン、クリューセース、ピロラーオスの兄弟でした。また、前回少し登場した、ミーノース王の息子アンドロゲオースの、さらにその息子たち、つまりミーノース王の孫にあたるアルカイオスとステネロスもそこに住んでいました。さて、ヘーラクレースの一行がパロスに上陸した際のこと、ヘーラクレースの部下2人がこれらミーノースの兄弟たちとどうしたわけか争いになり、この2人は殺されてしまいました。ヘーラクレースはこれに怒り、パロスの町を攻撃しました。この戦争でネーパリオーンとエウリュメドーンは戦死し、残りの2人はヘーラクレースに降伏しました。そして、殺してしまった部下2人の代わりに自分たちの中から2人を連れて行ってもらうようにと申し入れました。そこでヘーラクレースはミーノース王の孫のアルカイオスとステネロスを選んで、以降自分の手下として「ヒッポリュテーの帯」を獲得する冒険に参加することを命じたのでした。
その後ヘーラクレースは首尾よくヒッポリュテーの帯を手に入れるのですが、その話はパロス島に関係がないので省略します。帯を手に入れたのちミュケーナイに戻る途中、ヘーラクレースはエーゲ海の北にあるタソス島に来て、そこに住んでいるトラーキア人たちを追出し、ミーノースの孫であるアルカイオスとステネロスにこの島を与えた、と伝説は伝えています。
ところでこの伝説の意味するところは何でしょうか? BC 650年頃パロス島の人びとがタソスに植民した事実があるので、そのことを神話の時代にまでさかのぼって物語にしたのかもしれません。あるいは、この伝説に歴史の影を求めるならば、ミーノースの孫たちもやはりフェニキア人ということになり、フェニキア人がタソス島に植民したことを意味しているのかもしれません。というのは、タソス島にかつてフェニキア人がいたことをヘーロドトスが伝えているからです。ヘーロドトスはタソス島の金鉱について以下のように書いています。
私自身もこれらの鉱山を見たことがあるが、その中でも特に異彩を放っているのはタソスなる者を指揮者としてはじめてこの島に植民したフェニキア人の発見した鉱山である――なおこの島の現在の名はタソスというフェニキア人の名に因って命名されたもので、このフェニキア人の鉱山は、タソス島のアイニュラおよびコイニュラと呼ばれている二つの場所の中間にあって、遥かにサモトラケ島を望む大山であるが、金鉱探しのためにすっかり掘り崩されてしまっている。
ヘロドトス著「歴史」巻6、47 から