神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

イアーリュソス(2):テルキーネス

まずはイアリューソスに限定せずロドス島全体に関係する神話からご紹介します。神話の世界でロドス島に最初に登場するのはテルキーネスという種族です。この種族は人間ではありません。その姿は半人半魚とも半人半蛇とも言われています。彼らはとても古い種族で、優れた鍛冶屋であり、クロノスの鎌を作ったのは彼らだと伝えられています。

(テルキーネスの画像が見つからなかったのでトリトーンの画像で代わりにしました。ヘーラクレースとトリトーンの戦いの絵です。)


クロノスというのは神々の王ゼウスの父親で、ゼウスが天下を取る前は神々の王でした。古代ギリシアの神話では神々の王権伝授は平穏には進まず、最初の王ウーラノス(=天)が息子のクロノスに敗れ、次に王となったクロノスは息子のゼウスに敗れて、地中奥深くの世界タルタロスに閉じ込められているというふうになっています。それは心理学でいうエンディプス・コンプレックスそのもののような神話になっています。そしてクロノスがウーラノスから支配権を奪ったやり方というのが、ウーラノスの生殖器を鎌で切って、海に捨てた、というもので、この父子の抜き差しならぬ対立の話には辟易してしまいます。このクロノスの鎌を作ったのがテルキーネスたちということなので、彼らはゼウスが生れるより前から存在していたことになります。


また、テルキーネスたちは海を支配するポセイドーンがまだ幼児だったころ、その母親のレアーから命ぜられて、カペイラという海に住む女神と一緒にポセイドーンを養育したといいます。そこからもテルキーネスたちの古さが分かります。つまりはゼウスによる神界の秩序が確立される以前の世界の種族なのです。ポセイドーンの持ち物である三叉の鉾を作ったのもテルキーネスたちでした。神々の像を始めて作ったのも彼らでした。彼らはクレータ島からキュプロス島を経てロドス島にやってきたといいます。ロドス島は彼らにちなんでテルキーニスとも呼ばれました。やがて彼らは、(旧約聖書のノアの洪水の話に似た)デウカリオーンの洪水として知られる洪水がロドス島を襲うことを予見し、ロドス島を捨ててさまざまな地方に逃げていったのでした。(以上、高津春繁著「ギリシアローマ神話辞典」から情報を得ました。)

(三叉の鉾を持つポセイドーン)


幼いポセイドーンを養育したり、ポセイドーンに三叉の鉾を作ってやったりしたことから、私はテルキーネスがギリシア神話の中で肯定的な評価を得ているのかと思ったのですが、実際にはそうではなく彼らは災いをもたらす者と考えられていたそうです。そしてアポローンが矢で射て殺したとも、ゼウスが雷霆で撃って殺したとも伝えられています。おそらくゼウスの支配権が確立してからは、彼らに居場所がなかったのでしょう。古代のギリシア人はテルキーネスに善悪両方の存在を見ていたようです。


英語版のWikipediaのロドス島の項には、BC 16世紀頃ロドス島にはミノア人がやってきており、それはギリシア神話のテルキーネスを思わせる、と書いてありましたが、これは面白い見方だと思います。ギリシア人が到来する以前のミノア文明の人々の記憶が、このテルキーネスに反映されているのかもしれません。特に、洪水を恐れてロドス島から四散したという話は、BC 17世紀に起きたというテーラ島の大噴火とその後の津波の記憶なのかもしれないと想像します。