神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

レームノス島(ミュリーナとヘーパイスティア)(4):ヒュプシピュレー


アルゴー号というのは船の名前です。アルゴー号を率いるイアーソーンは、黒海東岸にあるコルキスの地(今のジョージア)を目指していました。それは、そこにある黄金の羊の毛皮を奪うためでした。そしてそれは、不当に奪われた自分の王位を奪い返すために必要なものなのでした。というのは、イアーソーンの父アイソーンはイオールコスの王でしたが弟のペリアースに王位を奪われてしまい、その後成人したイアーソーンがペリアースに王位の返還を求めたところ、ペリアースはコルキスにある黄金の羊の毛皮を持って来たならば渡そう、と課題を出したからでした。この難題に立ち向かう決意を示したイアーソーンに、当時のギリシアの英雄たちが助太刀にと集まり、大きな船アルゴー号に乗ってコルキス目指して出航し、その船が旅の途中でレームノス島に寄港した、というのが、ここまでのいきさつでした。


大した情報ではありませんが(というかこのブログ自体、ほとんど大した情報がないのですが)、アルゴー号乗組員たちを歓待するように勧めたのは、ヒュプシピュレーの乳母だったポリュクソーという名の女性だった、と伝えられています。このポリュクソーはレームノス島にあるアポローンの神殿の祭司だったそうです。そして、以前、レームノスの女たちに夫の殺害するよう扇動したのもこのポリュクソーだったということです。


話は変わって、アルゴー号乗組員の中に一人だけ白髪の男がいました。レームノスの女たちはそれを見て、輝くばかりにたくましい男たちの中にお爺さんが一人だけいるよ、とあざ笑ったものでした。彼はその名をエルギーノスといい、海を支配する神ポセイドーンの息子でした。そしてアルゴー号のかじ取りを務めていました。レームノス島に上陸した英雄たちが、その後あるとき競技会を行った時に、競走で優勝したのがこのエルギーノスでした。このようにして彼は女たちを見返してやったのでした。
 同じくポセイドーンの子で、やはりアルゴー号に乗り込んでいたエウペーモスは、レームノス島の女性マラケーとの間に男子を得ました。この男子レウコパネースの子孫が「テーラ(5):バットス」に登場するバットスになります。彼については「テーラ(5):バットス」をご覧ください。


さてレームノスの女王ヒュプシピュレーは、一行のリーダーであるイアーソーンといい仲になりました。そして彼との間にエウネーオスとネプロポノスという2人の男の子が生まれました。アルゴー号の乗組員たちはレームノス島の居心地がよく、ついつい1年を過ごしてしまったのですが、ようやく本来の目的を思い出して、コルキスに出発することにします。妻や子供たちはといいますと、これは置いてきぼりです。イアーソーンはヒュプシピュレーに、使命を終えて無事帰国したら必ずイオールコスに迎え、妃にしようと約束したそうですが、この物語(アルゴー号の物語)の先のほうでは、イアーソーンはコルキスの王女メーデイアと結婚することが物語られています。アルゴー号の物語においては、ヒュプシピュレーはもう用済みなのでした。


このブログではアルゴー号ではなく、レームノス島に注目していますから、その後のレームノス島についてお話します。アルゴー号が出発したのち、ヒュプシピュレーがかつてトアース王を逃がしたことが発覚し、彼女はレームノスの女たちに殺されかけるという事件が起こりました。仕方なく彼女は夜の闇に紛れてレームノス島を脱出し、小舟で海へと出て行ったのでした。しかし運悪く海賊に捕えられ、ギリシア本土のネメアという町の王リュクールゴスに奴隷として売られてしまったのでした。その後長い年月が経ったのち、成長した自分の息子たち、すなわちエウネーオスとネプロポノスが助けに来たので、彼女はレームノス島に帰ることが出来たということです。


レームノスの王位はエウネーオスが継ぎました。