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アンティッサの海岸は、神話の世界での音楽の巨匠オルペウスの切断された首と竪琴が流れ着いた場所だといいます。その首の霊験によってレスボス島では芸術がさかんになったのだと、この話は続けています。のちの時代になりますが確かに、アンティッサからは竪琴奏者のテルパンドロスが出ています。メーテュムナからはやはり竪琴奏者のアリオーンが、ミュティレーネーからは詩人のサッポーとアルカイオスが出ており、レスボス島出身の有名な音楽家や詩人は多いです。では、オルペウスの伝説をここに簡単に紹介して、上の話の補足にしたいと思います。
神話の時代に、オルペウスという竪琴の名人がいました。彼は文芸の女神ムーサイたちの一人カリオペーの息子でした。一説には彼はトラーキアの王であったといいます。オルペウスが竪琴を弾くと、森の動物たちも感動して彼の周りに集まったそうです。そればかりでなく心がないはずの木々や岩までも感動したそうです。彼はイアーソーンの率いるアルゴー号の冒険にも参加しています。そのときには、歌の力で暴風を鎮めたり、怪女セイレーンたちが魅惑的な歌で人々を誘って船を難破させようとした時には、セイレーンたちの歌の魔力を正しい楽の音によって打ち砕いたりの活躍をしています。そのオルペウスが、亡くなった妻エウリュディケーを取り戻すために生きたまま冥府に入った話は有名です。
オルペウスはエウリュディケーと結婚してから、それほど経たぬうちに彼女を失いました。というのは、エウリュディケーが一人でいたときにアリスタイオスという男が彼女に襲ってきたので逃げ出したのですが、その途中で毒蛇を踏んでしまい、蛇に咬まれて命を落としたからです。オルペウスはエウリュディケーの死を深く悲しみ、冥府に下って妻を取り戻す決心をしました。冥府の王ハーデースと王妃ペルセポネーが玉座に座っている前でオルペウスが竪琴を演奏すると、二人はその曲に感動し、エウリュディケーを連れて帰ることを彼に許しました。しかしそれには一つ、条件がありました。それは「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」というものでした。そのあと、オルペウスはエウリュディケーを連れてこの世に向ったのですが、冥界からあと少しで抜け出すというところで、妻が本当に後ろに付いていてくれるのか不安になってきました。思わず後ろを振り向くと、妻はそこにいました。しかし冥府の王との約束をやぶってしまったために、妻の姿はみるみる薄れて消えてしまいました。オルペウスはもう一度、冥界へ降りていきましたが、三途の川の渡し守であるカローンは、約束を破った彼を渡すことを頑として拒みました。オルペウスは妻を連れ戻すことが出来ませんでした。
妻を失ったオルペウスはエウリュディケー以外の女性に見向きもしなくなったために、トラーキアの女性たちに恨まれ、ついには殺害されたと言います。あるいは彼は冥界から出てきたあとオルペウス教を創始し、冥界の秘密を信者に明かしたのですが、信者を男性に限ったために、女性たちに恨まれて殺されたとも言います。オルペウスはトラーキアの女たちによって八つ裂きにされ、ヘブロス川に投げ込まれました。
やがてオルペウスの頭部と竪琴は、海を渡ってレスボス島のアンティッサの海岸まで流れ着きました。島の人々はオルペウスの死を深く悼み、墓を築いて彼を葬りました。それ以来、レスボス島はオルペウスの加護によって多くの芸術家を輩出することとなったということです。歴史家ミュルシロスによれば、オルペウスの墓のあるあたりのナイチンゲールは、他のどの場所よりも美しく鳴いていたということです。
(上は、ギュスターヴ・モローの「オルフェウス」の一部)
また、オルペウスの竪琴はその死を悼んだアポローンによって天に挙げられ、琴座となったと言います。一方トラーキアでは、悪疫が流行しました。そこで人々が神意を伺うとオルペウスを殺害したことを神が咎めているということでした。そこで人々はオルペウスを厚く祭ったといいます。
その後のアンティッサではどのようなことが起きたでしょうか? ギリシア神話の世界では、オルペウスも参加したというアルゴー号の冒険の時代よりのちにトロイア戦争が起きたことになっています。神話の世界のことですから細かく見ていくと矛盾が出てきますが、アルゴー号に参加した英雄たちの子供たちの世代がトロイア戦争に参加しているようです。トロイア戦争の時、レスボス島がギリシア軍の攻撃を受けたことや、レスボス島の女性たちが捕虜になり、アキレウスに奴隷として贈られようとしていたことなどは、前回お話ししました。この頃のレスボス島の住民はギリシア人ではなかったというのが私の見立てです。このギリシア軍の襲撃についてはあまり情報が見つかりませんでした。以下はアンティッサでの出来事ではなくメーテュムナでの出来事のようですが、同じレスボス島での出来事といくことで紹介致します。高津春繁氏の「ギリシア・ローマ神話辞典」の中の記述です。
メーテュムナ
レスボス島の同名の市に名を与えた。マカルの娘。レペテュムノスの妻となって、ヒュタケーオーンとヘリカーオーンの母となった。二人の子はアキレウスがこの島を攻めた時に、殺された。
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