神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

プリエーネー(5):ペルシアの侵攻


ビアスが、リュディア王クロイソス(アリュアッテスの息子で次代の王)と会談して、クロイソスがエーゲ海の島々を征服するのをあきらめさせた、という話があります。この話は一説にはビアスのことではなく、同じく七賢人の一人ミュティレーネーのピッタコスのことであるとのことですが、ともかくお伝えします。クロイソスはビアスに対して、何かギリシアについてニュースはないか、と尋ねました。するとビアスは次のように答えたのです。

「王よ、島の住民どもは、あなたを目指しサルディスに攻め込もうと、莫大な数の馬を買い集めておりますぞ。」
 クロイソスは相手の話を真実だと思ってこういった。
「神様が島の住民どもに、リュディアを馬で攻めようという気を起させて下さるならば、まことに有難いことじゃ。」
 すると相手が答えていうに、
「王よ、あなたは島の者どもが騎馬で侵攻して参ったならば、陸上で捕捉してやろうと意気込んでおいでのようにお見受けしました。まことにごもっともなこと。しかしながら、もしあなたが島を征伐ささるため船の建造を計画なさっておることを、島の者たちが知ったならば、誓ってリュディア軍を海上に捕捉し、あなたによって隷属させられております、大陸在住のギリシア人たちの報復を遂げよう、と念願するとはお考えになりませぬか。」


ヘロドトス著 歴史 巻1、27 から

クロイソスはなるほどと思い、島々を攻めるのをあきらめたのでした。


その後、リュディア王国の東にある大国のメディア王国が、そのまた東にあるペルシア王国によって滅ぼされ、リュディア王国をも併合する勢いになりました。ペルシア王キューロスは、イオーニア諸都市に密使を送り、リュディアに対する反乱を指嗾しました。しかし、イオーニア諸都市はそれに応じませんでした。その後、リュディアはキューロス王率いるペルシア軍によって滅ぼされました。この事態に慌てたイオーニア諸都市は使者をキューロス王に送り、ご機嫌を取ったのですが、キューロス王は怒りを解きませんでした。そこで、イオーニア諸都市は各々代表をミュカレーにあるパンイオーニオン(=全イオーニア神殿)に送って協議をさせました。前にも少し述べましたが、このパンイオーニオンはプリエーネー領だった可能性が高いです。


さて、状況は混乱を極めていました。というのはキューロス王がリュディア王国の首都だったサルディスを去ると、リュディア人のパクテュエスがキューロスに対して反乱を起こしたからでした。

キュロスがサルディスを去ると、パクテュエスはリュディア人をタバロス(キューロスがサルディスの管理を任せたペルシア人)およびキュロスに叛かせて沿海地方に下ると、サルディスの黄金全部を手中に収めていたので、傭兵を募り、また沿海の住民を説いて自分と共に遠征に参加するようにすすめた。こうしてサルディスに進軍し、タバロスをアクロポリスに追い詰め、これを包囲したのである。


ヘロドトス著 歴史 巻1、154 から

ここに「沿海の住民を説いて自分と共に遠征に参加するようにすすめた」とありますが、プリエーネーはこれに応じたのでした。これに対しキューロスは

マザレスというメディア人を呼び(中略)リュディア軍とともにサルディスに進撃したものはことごとく奴隷に売ること、またパクテュエスはなんとしてもいけどりにして自分の所へ連れてくることを命じた。


ヘロドトス著 歴史 巻1、156 から

のでした。パクテュエスは自分に討伐軍が迫ってくることを知ると恐れをなして各地を転々と逃亡し、キオス島にやってきたところをキオス政府によってペルシア側に引き渡されてしまいました。

さてキオスがパクテュエスを引き渡したのち、マザレスはパクテュエスと共にタバロスを包囲攻撃したものたちを攻め、プリエネの市民たちを奴隷にして売り払い、マイアンドロス平野一帯を軍隊によって掠奪蹂躙し、マグネシアにも同様の打撃を与えた。


ヘロドトス著 歴史 巻1、161 から


プリエーネー市民が奴隷に売り払われたということは、プリエーネーはここで滅んでしまったのでしょうか? ところがこのあともプリエーネーは存続します。どういう事情で存続出来たのか私にはわかりませんが、おそらく誰かが(あるいはイオーニアの諸都市が手分けして)身代金を払ってプリエーネー人たちを買い戻したのではないか、と思います。この時からプリエーネーはペルシアの支配下に入りました。