神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

テーノス(1):カライスとゼーテース


テーノスはキュクラデス諸島の中の1つの島で、アンドロス島、ミュコノス島、デーロス島のそばにあります。近現代ではこの島は奇跡の聖母マリアのイコン(聖なる絵)の伝説による巡礼の地として知られています。すなわち、1822年に修道女ペラギアの前に聖母マリアがその姿を現し、このイコンが埋められている場所を教えた、そしてその場所からイコンが発見された、という奇跡です。しかし、このブログは古代ギリシアの時代を話題にしていますので、この話はここまでとして、テーノスの古代を探っていきます。


ギリシア神話の中でテーノス島はあまり登場しません。ヘーラクレースがテーノス島でカライスとゼーテースの兄弟を殺した、という話がありますが、この詳細がよく分かりません。それでも、この物語を述べてみましょう。


ヘーラクレースも、カライスとゼーテースもアルゴー号の冒険に参加していました。イアーソーンが頭になって率いるアルゴー号の冒険については「イオールコス(3):イアーソーン(1)(2)」を参照下さい。アルゴー号が目的地コルキスに向う途中で、小アジアのミューシアに着いた時のことです。美少年ヒュラースはヘーラクレースのお気に入りで、ヘーラクレースがこの遠征に連れてきたのですが、このミューシアに上陸した際、近くの泉に水を汲みにいきました。ところが泉のニンフ(妖精)がヒュラースの美しさを見て恋をし、彼を泉の中に引き込んでしまいました。ヘーラクレースはヒュラースが姿を消したのでミューシアのあちこちを探し回りました。ヘーラクレースが帰って来ないので、他のアルゴー号乗組員(複数形でアルゴナウタイといいます。50名ほどいたと言われています。)はイライラしていました。その時カライスとゼーテースは、ヘーラクレースを置いたまま出航することを主張し、この主張が皆の賛同を得ました。こうしてヘーラクレースは置き去りにされたのでした。このことを根に持ってヘーラクレースはのちにテーノス島でカライスとゼーテースを殺したといいます。


とはいえ、なぜ「テーノス島」だったのか、この話だけではよく分かりません。カライスとゼーテースがたまたまテーノス島にいた時に、たまたまヘーラクレースがテーノス島にやってきて2人を見つけて殺してしまったのか、それともヘーラクレースが2人を追いかけまわして、テーノス島でとうとう2人に追いついて殺したのか、このあたりの事情を知りたいと思っていますが、まだ、情報を得られていません。これに関してアポロドーロスの「ギリシア神話」は以下のように言っています。

イーリッソス河の傍らで遊んでいるオーレイテュイアをボレアースが掠って、交わった。彼女は娘はクレオパトラーとキオネー、息子は有翼のゼーテースとカライスを生んだ。彼らはイアーソーンとともに航海に出て、ハルピュイアを追う間に死んだ。しかしアクーシラーオスはテーノスにおいてヘーラクレースに殺されたのだと言っている。


アポロドーロス「ギリシア神話」第3巻15・2 より

上の引用に出ているようにカライスとゼーテースは鳥のように翼を持つ人物でした。そして彼らは空を飛ぶことが出来ました。それというのも彼らの父親はボレアースで、ボレアースは北風の神だったからです。その息子であるカライスとゼーテースにも風の神としての性質が伝わっていて、翼を持っていたようです。

(上:エラスムス・クェリヌス2世作「ハルピュイア達の迫害」)


カライスとゼーテースはアルゴー号の冒険で、ハルピュイアたちを退治するときに活躍しています。ハルピュイアというのは怪鳥の一種で、その頭は人間の女性の頭でした。ハルピュイアたちはサルミュデーソスに住む盲目の予言者ピーネウスを襲って苦しめていました。というのは、ピーネウスが食事をしようとすると、ハルピュイアたちがやってきて食物をさらい、さらには食卓をめちゃくちゃに荒らし、悪臭をまき散らして去っていくのでした。このためにピーネウスは食事を満足に摂ることが出来ずに苦しんでいました。アルゴナウタイの英雄たちを率いるイアーソーンは、今後の航海のためにピーネウスの予言を必要としていましたので、ピーネウスの願いを入れてハルピュイアたちを退治することを引き受けました。そして英雄たちがハルピュイアたちと戦ったのですが、その中で一番活躍したのは、空を飛ぶことが出来るカライスとゼーテースでした。彼らはハルピュイアのうちの一人(あるいは一羽と言ったほうがよいでしょうか?)を捕まえたのですが、仲間たちの許へ帰る途中、ストロパデス群島の上空で疲労のあまり墜落して死んだと伝えられています。上の引用によればその別伝として、いやいやカライスとゼーテースはその時には死んでおらず、その後もイアーソーンたちとコルキスに向った。彼らが死んだのはもっとのちの話で、テーノス島でヘーラクレースによって殺されたのだということを「アクーシラーオス」という人物が伝えている、ということです。この「アクーシラーオス」という人物が伝える話をもう少し詳しく知ることが出来るといいのですが・・・・。

(上:ハルピュイア達)


テーノス島にはカライスとゼーテースの墓があったと伝えられています。そして北風が吹くと、墓の柱のうち1つが動いたといいます。