神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

サモトラーケー(10):サモトラケのニケ


サモトラーケーの町自体は、歴史においてあまり活躍するところがありませんでしたが、偉大なる神々の聖地の名声はギリシア世界を越えて広まりました。そして、この聖地では、ヘレニズム時代、ローマ時代を通じて建造物が増えていきました。有名な彫像サモトラケのニケ(サモトラーケーのニーケー)もこの聖域に建てられたもので、ヘレニズム時代に作られたものでした。ニケ(長音を省略しないならば「ニーケー」)というのは古代のギリシア語で「勝利」の意味です。つまりこの彫像は勝利を擬人化した(擬神化したと言うべきでしょうか?)女神ニーケーの彫像です。サモトラケのニケの彫像が立っている土台は、船首の形をしています。私は今回調べるまで知らなかったのですが、サモトラケのニケの像の高さは2.44mもあるそうです。私は今まで等身大の彫像を想像していました。船首の形をした土台を含めれば5.57mになるそうです。この彫像は、おそらく何らかの海戦での勝利を祝い、それをサモトラーケーの偉大なる神々に感謝するために作ったものでしょう。しかし、これが誰のどの海戦の勝利を祝ったものなのかというと、それには定説がないようです。



サモトラケのニケは今では、パリのルーブル美術館に展示されています。この像は1863年にフランスの領事館員シャルル・シャンポワゾによってサモトラーケーの偉大なる神々の聖域で発見されました。発見された時にギリシアはすでにオスマン・トルコから独立していましたが、サモトラーケー島はまだオスマン・トルコ領でした。彼が発見した時、この像は割れていくつかの部分に分れていました。さらに多数の破片がありました。これらの部分や破片からこの像は修復されて現在の形に復元されたのですが、それには長い年月がかかりました。英語版のWikipediaの「サモトラケのニケ」の項によれば、1950年にも破片の発見があったようです。

1950年。カール・レーマンの指揮の下、ニューヨーク大学アメリカ人発掘隊が1938年のサモトラーケー島の偉大な神々の聖域の探検を再開しました。1950年7月、彼らはルーブル美術館のキュレーターであるジャン・シャルボノーを自分たちの作業に参加させ、彼はニケの遺跡で彫像の右の手のひらを発見しました。1875年のオーストリアの発掘調査以来、ウィーンの美術史美術館に保存されていた2本の指が、この手のひらに再び取り付けられました。その後、手のひらと指はルーブル美術館に寄託され、1954年から彫像とともに展示されています。


英語版のWikipediaの「サモトラケのニケ」の項より

右の手のひらの部分が現地から発見されたことで、ウィーンの美術史美術館に保管されていた2本の指が、サモトラケのニケのものだと判明したわけです。


サモトラケのニケの復元には、BC 3世紀の硬貨に刻印された図像が参考にされました。下のような硬貨の図像です。

これはマケドニア王デーメートリオス1世が発行した硬貨です。そのため、サモトラケのニケをデーメートリオス1世が奉献したしたものとする説がありました。しかし、彼の時代にサモトラーケーは彼の領有するところではなかったそうで、この説は消えました。次にデーメートリオス1世の子アンティゴノス2世ゴタナスが奉献したものとする説が出ました。この説によれば、この像はアンティゴノス2世がコース島沖でエジプト王プトレマイオス2世の海軍を破ったことを記念して奉献されたということです。このコース島沖の海戦に勝ったことでマケドニア王国はギリシアを勢力下に納めました。サモトラーケー島もこのあとずっとマケドニア王国の支配の下にありました。サモトラケのニケがこのコース島沖の海戦の勝利を記念したものかどうかは断言出来ませんが、サモトラーケーの偉大なる神々を代々のマケドニア王が信仰し尊重していたのは、遺跡からもその証拠が出ています。そのマケドニア王国もアンティゴノス2世ゴタナスの孫ピリッポス5世の時に新興のローマ(この時はまだ共和制)に敗れてしまい、ギリシア本土への影響力を失ってしまいます。それはBC 197年のキュノスケパライの戦いでのことでした。BC 167年、ピリッポス5世の息子ペルセウスが王の時にマケドニア王国は滅亡し、BC 146年にはローマの属州になります。その後のローマの共和制末期の動乱が過ぎ、ローマが帝国となっていわゆるローマの平和が確立される時代になると、サモトラーケーの偉大なる神々の聖域には帝国のさまざまな地方から巡礼者がやってくるようになりました。サモトラーケーの聖域が閉鎖された時期ははっきりしませんが、キリスト教ローマ帝国の国教となったAD 4世紀頃のようです。


以上で、私のサモトラーケーについての話は終わります。読んで下さり、ありがとうございます。