神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書いていきます。

サモトラーケー(7):入信の儀式

サモトラーケーの秘儀で礼拝を受けていた神々をカベイロイと呼ばず、偉大なる神々と呼んだほうがよさそうですが、では偉大なる神々とは何なのかと言われると私には答がありません。なので、もうこれ以上サモトラーケーの秘儀の神々について書かないほうがよいように思います。


神話によればサモトラーケーの秘儀は、イーアシオーンとダルダノスの兄弟が創始したということです。ダルダノスは、トロイアに移り住んだのちトロイア人にこの密儀を教えたともいいます(イーアシオーンとダルダノスについては「(1):はじめに」に書きました。)。神々のことは書かない方が、と思ったのですが、こういう神話を知ると、この神々はトロイアと関係があるのかな、とか、古典期のギリシア人はトロイアプリュギアを混同することがあるので、サモトラーケーの神々はやはりプリュギア起源なんだろうか、などと考えてしまいます。一方、ヘーロドトスが伝えている、この密儀はペラスゴイ人ギリシア人に伝えたもの、という説も私には捨てがたい気がしています。ペラスゴイ人ギリシアに元から住んでいた民族で、その言語はギリシア語とは違っていたとヘーロドトスは述べています。さらにヘーロドトスは、ドーリス族は元々ギリシア語を話す種族だったが、イオーニア族もアイオリス族も元来はペラスゴイであり、のちになってギリシア語を話すようになってギリシア人と見なされるようになった、と書いています。そうするとペラスゴイ人ギリシア人と別の民族だったにしてもギリシア人に密接に関連した民族だったということになりそうです。

(上:聖域にある舞踏の浮彫)


死んだ妻を取り戻すために冥界まで降りて行ったというオルペウスもこの密儀に深く関わっていたという話もあります。イアーソーンと仲間たちが東の涯コルキス(今のジョージア)に黄金の羊の毛皮を取りに行った際、オルペウスもこの冒険に参加したのですが、彼はイアーソーンと仲間たちにサモトラーケーの密儀に入会させたといいます。歴史の確かな時代の話として、有名なアレクサンドロス大王の父親フィリップ2世と母親オリュンピアスが出会ったのは、サモトラーケーの密儀の時だったといいます。

伝えられるところでは父フィリッポスはサモトラケで母オリュンピアスとともに密儀に入信し、彼はまだ若年で、この娘は両親がなかったが、これを恋してその兄アリュッバスを説得してすぐに婚約した。


プルータルコス「アレクサンドロス伝」2 井上一訳より


(上:ヒエロン。偉大なる神々の聖域)


さて、この入信の儀式(入会の儀式)ですが、英語版Wikipediaの「サモトラーケーの神殿群」の項に儀式の情報が載っていました。

サモトラーケーの密儀に特有な特徴は、その開放性でした。エレウシスの密儀と比較して、入会には年齢、性別、地位、国籍の前提条件がありませんでした。誰もが、男性と女性、大人と子供、ギリシア人と非ギリシア人、自由人であれ奉公人であれ奴隷であれ参加することができました。また、入会は特定の日に限定されておらず、入信者は同じ日に2つの連続した密儀の位を得ることができました。実際、唯一の条件は聖域にいることでした。


入会式の最初のステージはミュエーシスでした。神聖な説明と特別なシンボルがミュステース、つまり入会者に明らかにされました。 このようにして、ヘーロドトスはヘルメス・カドミロスの男根像の重要性に関する啓示を与えられました。ウァロによれば、この機会に明らかにされたシンボルは天と地を象徴していました。秘密にされたこの啓示の見返りに、入会者はいくつかの特権の保証を与えられました。より良い生活、より具体的には海での保護、そしておそらくエレウシスのように、あの世での幸せの約束を願っています。儀式の間、入会者は、保護のお守りであると思われる腰の周りに結ばれた深紅色のたすきを受け取りました。磁石の神聖な力にさらされた鉄の輪は、おそらく入会式の間に与えられたもうひとつの保護の象徴でした。


入会式の準備は、アナクトロン(意味は貴族院)の南にある小さな部屋で行われました。それは一種の聖具室であり、ここで、入会者は白い服を着て、ランプを与えられました。次に、ミュエーシスはアナクトロンで行われました。それは、すでに入会式を経験した多数の忠実な人々を収容できる大きなホールで、彼らは壁に沿ったベンチに座って式典に出席したのでしょう。入会者は南東の角にある盆地で洗浄の儀式を行い、次に円形の穴で神々に献酒をしました。式典の終わりに、入会者は主扉に面した丸い木製の台に座り、彼の周りでは儀式の踊りが行われました。それから彼は北の部屋、聖域に連れて行かれました。そこで彼が正式の啓示を受けました。この聖域への入場は、入会者でない者には禁止されていました。入会者には、秘儀への彼の入会を証明する文書が渡され、少なくとも後の時代には、お金を払って、記念の盾に彼の名前を刻印してもらうことができました。


英語版Wikipediaの「サモトラーケーの神殿群」の項より