神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

メーテュムナ(1):起源


ギリシアの古典期(BC 5世紀ごろ)、レスボス島には5つの都市国家(ポリス)がありました。ミュティレーネー、アンティッサ、ピュラ、エレソス、メーテュムナの5つです。この中でミュティレーネーについては以前記事をアップしました。今回はメーテュムナについて調べて行きたいと思います。

メーテュムナはレスボス島の北岸沿いの小高い山にあります。現在も町は存続していて、現代はミテュムナ、あるいはモリヴォスと呼ばれています。山の頂にはかつてはアクロポリスがあったのですが、今では中世の城壁がそれを取り囲んでいます。これはイタリアのジェノヴァ人の建設になるものだそうです。


さて話を古代ギリシアに戻しますと、レスボス島の都市は皆、(ギリシア人の部族のひとつである)アイオリス系の都市でした。

大陸にあるアイオリスの都市は右のとおりである。イダ山中に住むものは、離れて独立しているから、この中には入らない。次に島に住むものとしては、レスボス島に五つの町があり――レスボスにはもう一つ、六番目としてアリスバがあったが、これはメテュムナ人が自分たちと血統を同じくするにもかかわらず奴隷化してしまったのである――、テネドス島に一つ、それからいわゆる「百島(ヘカトンネーソイ)」にもう一つ町がある。


ヘロドトス著「歴史」巻1、151 から

上のヘーロドトスの記事によれば、レスボス島にはミュティレーネー、アンティッサ、ピュラ、エレソス、メーテュムナのほかにアリスバという都市があったのですが、これをメーテュムナが併合してしまったということです。


さて、神話によればメーテュムナは女性の名前で、都市のメーテュムナはこの女性の名前にちなんで名づけられたということです。そして、メーテュムナには妹がいてその名前はミュティレーネーといったそうです。当然、彼女は都市のミュティレーネーの名の由来になったのでした。またメーテュムナはレスボスという名前の男と結婚しました。この男はやがてレスボス島の王となり、この島に自分の名前を付けたということになっています。古典時代、レスボス島で一番有力な町はミュティレーネーでしたが、この神話によればかつてはメーテュムナがレスボス島を代表する都市だったのかもしません。


メーテュムナやミュティレーネーの父親はマカルといい、レスボス島の伝説的な王です。マカルの名は古くから伝えられており、すでにホメーロスイーリアスに登場します。

また御身も、御老人よ、以前は 仕合せだったと洩れ聞いている。
上(かみ)はマカルの住居というレスボスから、陸(みち)の奥(く)はプリュギエー、
涯(はてし)を知らぬヘレースポントスが 仕切る限りの国々では、
裕福さで、また子持(こもち)として、御老人よ、御身に優る者はなかったと。


イーリアス 第24書 540-550行あたり

ここに「マカルの住居というレスボス」というフレーズが登場します。これはイーリアス全体の終わり近くの名場面のひとつで、このように語っているのはギリシア軍随一の勇士アキレウスです。そして「御老人よ」と呼びかけられているのはトロイアの老王プリアモスです。トロイアギリシアが戦争を行っている時に、敵味方に分かれる二人がどうして親しく会話しているのか疑問に思われるかもしれませんが、それを説明すると長い話になります。かいつまんでご説明すると、プリアモスの息子の一人でトロイアの勇士ヘクトールアキレウスによって討たれたのでした。そしてプリアモスアキレウスに息子の亡骸を返してくれるように懇願しているのでした。戦争状態にある2つの集団の一方の総大将であるプリアモス王が、敵陣の中に単身行くことなど、それもギリシア軍中第一の勇士であるアキレウスのところへ行くことなど、自殺行為に等しいのですが、神々の助力もあって、息子の遺骸の返還の代償として多くの宝物を携えて、あえてアキレウスの許を訪ねたのでした。ここに敵味方の2人は数多くの怨念を背負ったまま、人間同士としての対面を果すのでした。そしてプリアモスアキレウスの父親も自分と同じく老齢であろうことを思い起こさせ、その父が子を思う心を察して欲しいと言って、ヘクトールの遺骸の返還を求めます。それに対してアキレウスプリアモスに同情し、かつてはプリアモスが、人もうらやむ仕合せのうちに過ごしていたのに、やがて神々が不幸を寄越されたと話し始めます。上の引用はその時のアキレウスの言葉です。


イーリアスよりのちの時代の作品にホメーロス風讃歌の中のアポローン讃歌というものがありますが、そこには「アイオロスの子マカルの座なる神々しきレスボス」というフレーズが登場します。このようにマカルの名は古くからレスボス島と結びついていました。ただし、マカルについての神話物語はあまりはっきりしていません。