神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ヘルミオネー(1):2つのヘルミオネー


ヘルミオネーは、エーゲ海の西側、スパルタの東にあります。 


私はずっとヘルミオネーという町の名前は、ギリシア神話に登場するヘルミオネーという女性に由来するのだろう、と思っていました。ヘルミオネーは、トロイア戦争の原因となった絶世の美女ヘレネーの一人娘です。しかし、今回調べてみたところヘルミオネーという町とヘルミオネーという伝説上の女性の間に関係は見つかりませんでした。


町の方のヘルミオネーも女性のヘルミオネーもすでにホメーロスに登場するので、古い伝統があることが分かります。まず、町のヘルミオネーのほうは、ホメーロスの「イーリアス」の第2書の「船揃え」のところに登場します。

 またアルゴスや、城壁に名を得たティーリンスを保つ者ども、
さてはヘルミオネー、またアシネーの深い入江を抱く邑々、
トロイゼーンからエーイオナイ、また葡萄のしげるエピダウロス
またアイギナやマセースを受領する、アカイアの若殿ばら、
この者どもを率いるのは、雄たけびも勇ましいディオメーデー


ホメーロス 「イーリアス 第2書」 呉茂一訳 より


一方、女性のヘルミオネーのほうは「オデュッセイアー」に登場します。

 さて一行は、うつろに窪み谿あいをなすラケダイモーンに到着して、
誉れも高いメネラーオスの館にむかって車をすすめ、ゆくほどもなく、
主人(あるじ)の殿が、大勢の身内の者らと婚礼の宴を開いているのに
出逢った、子息のと、非の打ち処もない姫のとを、屋敷うちで。
その姫は、武士(もののふ)をたおすアキレウスの、息子のもとへ嫁がせるので、
それも始めにトロイアの地で、嫁入らせようと約束して
十分承知もしていたもの、その婚儀を神々が実現させるところであった、
その姫をいまこのおりに、馬や車を伴なわせ、先方へ遣(おく)ろうという、
アキレウス支配下にあるミュルミドーンらの、世に名も高い都に向けて。
また子息のほうにはスパルテーから、アレクトールの娘を嫁に
もらおうとしたが、この息子は晩く生まれたメガペンテースとて、屈強ながら
脇腹だった、ヘレネーにはもう神さまが子種をお授けなされないので。
それも最初に、いつくしい姫ヘルミオネーを設けて以来のこと。
さりながら(この姫は)容姿も黄金のアプロディーテーそっくりだった。


ホメーロス 「オデュッセイアー 第4書」 呉茂一訳 より

上の場面は、スパルタの王メネラーオスとその妃ヘレネーは自分のひとり娘ヘルミオネーを遠方の国プティエーの国王ネオプトレモスに嫁がせるために、送り出す宴を開いているところです。ネオプトレモスは有名な英雄アキレウスの息子です。同時にメネラーオスと側室との間の息子であるメガペンテースの婚姻も祝っている、というので話は少し、こんがらがっています。ここに系譜を出して、理解の助けにします。


ギリシア神話の年代観では「イーリアス」はトロイア戦争の最後の年の物語であり、「オデュッセイアー」はそれから10年後なので、女性のヘルミオネーが生まれた時にはすでに町のヘルミオネーは存在していたようです。すると女性のヘルミオネーは、この町にちなんで名づけられたのでしょうか?