神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

サモス(13):シュロソーン

 シュロソーンはポリュクラテースの弟でした。彼は兄ポリュクラテースがサモスの政権を奪取しようとした時にもう一人の兄とともに協力したのでした。しかし、その後まもなくポリュクラテースによって追放されてしまいます。追放されたのはましな方で、もう一人の兄であるパンタグノスはポリュクラテースによって殺されてしまいました。



 さて、このシュロソーンが亡命生活を送っている間に、たまたまエジプトの町メンピスに滞在することがありました。その頃、カンビュセース王率いるペルシアの軍隊がエジプトに侵攻しており、メンピスはペルシア軍の占領下にありました。この頃、多くのギリシア人がエンジプトにいたそうです。ある者は商用で、またある者はペルシア軍に従軍してエジプトにいました。また、単に見物のためにエジプトに行ったギリシア人もいました。シュロソーンもその見物組の一人でした。
 シュロソーンはその時、燃えるような緋色の外套をまとってメンピスの広場に立っていました。すると、その外套を欲しいと言って近づいてきたペルシア人がいました。身なりからすると身分の高い人のようです。その人はどうしてもその外套が欲しいので、いくらなら売ってくれるのか、シュロソーンに聞きました。するとシュロソーンは、なぜか彼にこの外套を譲ろうという気になったのでした。

シュロソンは、一種の霊感に動かされたというのか、次のようにいった。
「私はこれをどんな値段でも売るつもりはないが、どうしてもあなたのものにならねばならぬというのであれば、無料で差し上げよう。」


ヘロドトス著「歴史」巻3、139 から

 そのペルシア人はその言葉に感謝して、その外套をもらったのでした。


 ところが、実はそのペルシア人が、その後ペルシア国王の地位に就くことになったダーレイオスだったのでした。当時はダーレイオスに王位が来ることなど誰も予想せず、彼自身も予想していなかったことでしょう。当時彼はカンビュセース王の親衛隊の一人にしかすぎませんでした。

 当時シュロソンは、自分のお人好しのためにみすみす外套をふいにしたと考えていた。しかし時は移りカンビュセスが死に、(中略)ダレイオスが王位に就くに及んで、シュロソンはペルシアの王となった人物が、かつて自分がエジプトで乞われるままに外套を与えた男にほかならぬことを知ったのである。


ヘロドトス著「歴史」巻3、140 から

 シュロソーンにチャンスが到来しました。彼はペルシア王国の首都スーサまで行って、このコネを利用しようとしました。


そこで彼はスーサに上ると、王宮の門前に坐って自分はダレイオスの恩人であるといった。門衛がそれを聞いてこれを王に伝えると、ダレイオスは不思議に思い門衛にいうのは、
「王になってまだ間もないわしが、恩義を感ぜねばならぬ恩人とは、一体どこのギリシア人であろう。これまでまだ、そのようなもので都に上ってきたのはほとんど一人もおらぬし、またわしがギリシア人から恩義を蒙っているなどということは、先ずないといってよい。しかしともかくその男を中へ連れてくるがよい。一体なにが目当てでそのようなことを申しているのか見てみよう。」
 やがて門衛がシュロソンを連れてくると、王の前に立ったシュロソンに、通訳たちが彼は何者で、王の恩人であるというのは一体なにをしたからなのか、と訊ねた。そこでシュロソンは外套にまつわる一部始終を語り、自分こそ外套を与えた主であると告げた。これに対してダレイオスが答えていうには、
「おお、わしがまだ何の力もなかった時に贈物をしてくれたのはそなたであったか。まことに世にも稀な気前のよい男じゃ。あの時そなたがくれたものはとるに足らぬものではあったが、その好意は現在のわしが誰からか膨大な贈物をうける場合と少しも変わらぬぞ。そなたがヒュスタスペスの子ダレイオスに親切を尽したことを悔いることがないように、あの時の礼としてそなたには量り切れぬほどの金銀を与えよう。」


ヘロドトス著「歴史」巻3、140 から



 ここでシュロソーンはすかさず、自分の意とするところを述べました。

「王よ、私は金も銀も要りませぬから、どうか祖国サモスを私の手にとり戻して頂きたい。サモスは兄ポリュクラテスがオロイテスの手にかかって世を去った今、われらが召使っておりました奴隷めがその手中に握っておりますが、どうかサモスを流血の惨事も起さず、市民を奴隷にするようなこともなく、私にお与えください。」


ヘロドトス著「歴史」巻3、140 から

 ここでシュロソーンが「われらが召使っておりました奴隷めが」と言っているのはマイアンドリオスのことです。マイアンドリオスの家柄はあまりよくなかったようですが、奴隷ということはなかったでしょう。シュロソーンはマイアンドリオスのことをわざと地位の低い者のように言って、サモスを統治しているのが不当であることを強調したようです。また「サモスを流血の惨事も起さず、市民を奴隷にするようなこともなく」と言っていることに留意して下さい。シュロソーンは、サモスをなるべく無傷のまま引き継ぎたかったのです。しかし、あとで述べるようにこのシュロソーンの願いは叶いませんでした。


 それはともかくダーレイオス王は、さっそく臣下のオタネスに軍を与え、シュロソーンの願いを叶えてやるように命じたのでした。