神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ナクソス(2):アローアダイ

アローアダイというのは、アローエウスという男の息子たちという意味で、具体的にはオートスとエピアルテースという名前の2人です。このオートスとエピアルデースがギリシア本土のアカイア地方からナクソスにやって来て、そこにいたトラーキア人たちを追い出して島の支配者になった、という伝説があります。それは、こんな話です。


オートスとエピアルテースには妹のパンクラティスがいました。ある時、アカイアのドリオス山で葡萄とワインの神ディオニューソスの祭があったということですが、それはたぶん女だけの祭でした。その祭にパンクラティスとその母親のイーピメデイアは参加しました。


ところで、ディオニューソスの祭というのは、狂乱を伴うものだったとされています。エウリーピデースの悲劇に「バッコスの信女」というディオニューソスの祭を登場させた悲劇があります。これは、今お話ししているアローアダイの話とは別の物語に取材したものですが、ディオニューソスを称える女たちの様子を想像するのに役立つと思います。少し引用してみます。ちなみに「バッコス」というのはディオニューソスの別名です。

斑(まだら)なす小鹿の皮の衣(ころも)には、羊の髪の白き房毛をからませて、
荒ぶる神の霊杖(テュルソス)は心して持て。ほどもなく国をこぞりて、バッコスを祝い舞うらん。
ひたすらに山を目指して、もろ人を率いたもうはプロミオス(=これもディオニューソスの異名)、
かなたには、バッコスの霊気に酔いて、機(はた)を捨て梭(おさ)をも捨てて、たむろする女(おみな)らの群れ。


ギリシア悲劇 IV エウリピデス(下)」の中の「バッコスの信女」松平千秋訳 より


さて、アローアダイの話に戻ります。イーピメデイアと娘のパンクラティスがディオニューソスの祭に加わっている時、おそらく狂乱の状態だったのだと思います。そのような時にナクソスからやってきたトラーキア人の海賊がこの女たちを襲い、イーピメデイアとパンクラティスは捕えられて、ナクソスに連れていかれました。そののち、海賊たちは2人を争っているうちに相討ちになって死んでしまいました。そこでナクソス王アガサメノスはパンクラティスを自分のものにし、母親のイーピメデイアを王の友人に与えたのでした。


父親のアローエウスは息子たちに、二人を探すように命じました。いろいろ聞きまわった末、二人がナクソスに住む海賊たちにさらわれたと知ったオートスとエピアルテースはナクソスを攻め、トラーキア人を追放して、この島を支配した、ということです。


以上が、ギリシア人と思われるアローアダイがナクソスを支配するにいたった伝説です。ところが実はアローアダイにはもっと有名な話があり、その話が上の物語と矛盾するところが多いので、理解に苦しみます。


もっと有名な話では、オートスとエピアルテースの二人は普通の人間ではなく巨人であり、神々の支配をくつがえそうとした、というのです。この話ではアローアダイであるオートスとエピアルテースの二人の母親がイーピメデイアであるのは上の話と同じですが、父親は海の神ポセイドーンになっています。そして、この二人は生まれた時から1年に2メートルずつ背が伸びていって、9年目には18メートルに達していた、といいます。しかもその性格は無邪気で、その巨大な体躯を使って山をいくつも積み重ねたり、陸地を海にしたり海を陸地にしたり、やりたい放題でした。危険を感じた神々によって二人は殺されてしまいますが、その具体的な方法についてはいろいろな説があります。アポローンが得意の弓矢で射殺したとも、ゼウスが雷霆で撃ち殺したともいいます。ある説にはナクソス島が登場するのですが、その説では、オートスとエピアルテースの二人がナクソス島で狩りをしている時に女神アルテミスが牝鹿に変身して二人の間を駆け回ったのでした。二人はこの牝鹿を仕留めようとして同時に投槍を放ったのですが、それは牝鹿には当たらず、互いの身体に刺さって共倒れになった、といいます。

(巨人と戦うディオニューソス神)


こんな話が出てくると、二人は普通の人間とは考えられなくなり、ギリシア人によるナクソス建設の説話としてこの話を持ってくるのは無理な気がしてきました。