神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

コース(6):アスクレーピエイオン

コース島はアスクレーピオス神殿、すなわちアスクレーピエイオン、で有名で、近隣から多くの人々が、病気を治すためにコース島のアスクレーピエイオンに参詣したことを以前の記事でご紹介しました。そのアスクレーピエイオンについてもう少しご紹介します。
アスクレーピエイオンは、基本的に信仰による病気治癒のための場所でしたが、そこには医学の萌芽があったように思えます。英語版Wikipediaのアスクレーピエイオンの項目によると、この治療の過程は2段階になっていたそうです。

(コースのアスクレーピエイオンの復元図)


第1段階は「浄化」の段階です。第2段階は「夢見」の段階です。
「浄化」の段階では、入浴があります。(細かい話ですみませんが、ギリシア古典期の時代にギリシア人に入浴の習慣があったのか、つまり日本人のように「お湯」に身を浸す習慣があったのか、私はよく調べ切れていません。テルマエ・ロマエという映画にもあったように古代ローマ人は風呂好きなので、ギリシアがローマに征服された頃にはコースのアスクレーピエイオンに風呂があるのは確実なのですが、それ以前に風呂があったのかどうか私には分かりません。あるいは水による沐浴だったかもしれません。) これは数日間、繰り返されたようです。

(アスクレーピエイオンにあるローマ時代の風呂の遺跡)


そのほかに、清潔な食事、というのもあったそうです。それから病人の感情を浄化するために野外劇場で観劇する、というのもありました。アスクレーピエイオンの敷地の中には野外劇場のほかに競技場、体育場、図書館などの施設がありました。そうなるとなんだか現代日本健康ランドとかスーパー銭湯みたいにも思えてきます。これらを運営していくのにはやはりお金がかかりますから、お賽銭やお布施みたいな形でのそれ相応の支払いはあったことだろうと思います。


入浴は清潔さを保つ役割があり、適切な食事も健康のためにプラスになったことでしょう。また、観劇も心を落ち着かせるために効果があったのかもしれません。競技場や体育場は、適度な運動のために使われたのかもしれません。


2番目の「夢見」の段階では、アスクレーピエイオン内にある特別の宿泊施設で眠ることになります。これは夢の中でアスクレーピオスのお告げを聞くことを期待してのことでした。うまくいけばアスクレーピオス自身か、その娘であるヒュギエイア(「健康」という意味)かパナケイア(「全てを治療する女神」という意味)が夢の中に登場して、病気を治すには何をすればよいのかを告げるのでした。夢の内容が解釈の難しいものであれば、それを神官に相談することが出来ました。神官は患者の見た夢を解釈して、患者に何をすべきかを告げるのでした。



左:ヒュギエイアの杯」。ヒュギエイアの持ち物。


夢判断が病気の治療にどの程度有効だったのか、現代の観点からは疑問になるのですが、あるいは心因性の病気には有効だったのかもしれません。


コース島のアスクレーピエイオンには、アスクレーピオスの子孫と主張する人々が住んでいました。彼らは「アスクレーピアダイ」と呼ばれていて、やはり病人の治療にたずさわっていたのでした。後世「医学の父」と呼ばれることになるヒポクラテースは、このアスクレーピアダイの一人であったとも言われています。