神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

コリントス(6):ベレロポンテース(1)

コリントス市にまつわる伝説において一番有名な英雄はベレロポンテースです。ベレロポンテースはシーシュポスの息子グラウコスの息子でした。

そのグラウコスが今度は 人品すぐれたベレロポンテースを生んだ。
ところが、此の者に神々は きらきらしさと好もしい男ぶりとを
授けたもうた、しかるに彼に対して(国の王)プロイトスが胸に悪さを企らみ、
アルゴス人の国から追い払った・・・


ホメーロス 「イーリアス 第6書」 呉茂一訳 より

ベレロポンテースがアルゴス王プロイトスの許に行くまでの話が上の引用には述べられていないので、それを補足します。ベレロポンテースは誤って兄弟のデーリアデースを殺してしまったので、プロイトスの所に逃れて、殺人の罪を清めてもらったのでした。ベレロポンテースがアルゴスに向う前に、もうひとつ重要な出来事があります。それは天馬ペーガソスを手に入れたことです。ペーガソスは例のペイレーネーの泉で水を飲んでいる時に、ベレロポンテースに捕まえられたのでした。これには女神アテーナーの助力もあったといいます。

(上:女神アテーナーの助力によってペーガソスをとらえるベレロポンテース)


さて、ベレロポンテースがアルゴスに来ると、プロイトスのお妃のアンテイアが彼に恋しました。それで彼を誘ったのですがベレロポンテースはそれを拒絶しました。そこでアンテイアはベレロポンテースを恨みました。そして夫のプロイトスに対して、いつわりの告発をするのでした。

しかるに彼に対して(国の王)プロイトスが胸に悪さを企らみ、
アルゴス人の国から追い払った、というのも(彼は自分より)ずっとすぐれた
者だったので、それをゼウスが 王笏の下に従わしめていたもの。
(因(もと)はといえば)プロイトスの妻 尊いアンテイアが彼に夢中となり、
内証で思いを遂げようとしたが、いっかな心の正しい
彼を説きつけ得なかった、雄々しい気性のベレロポンテースを。
そこで女は嘘を構えて プロイトス王に対(むか)っていうよう、
「死んでおしまいがいいわ、プロイトス様、それともベレロポンテースを
お殺しなさいませ。嫌がる私に 言うことを肯(き)けと迫るのですもの。」


同上

プロイトスはこれを聞いて怒りましたが、自分を頼って来たベレロポンテースを自分が殺してしまっては客を守る神ゼウスの怒りをかってしまう、と考え、お妃の父親、つまり自分の舅にベレロポンテースを殺してもらおうと考えました。お妃アンテイアの父親は小アジアのリュキア人たちの王でした。イオバテースという名だったということです。

 こう言うのを聞くからに、国王を憤怒の思いがおっ取り込めたが、
殺害するのはさし控えた、さずがにそれは心に憚ったので。
だがリュキエー(リュキアのこと)へ彼を遣わし、凶々(まがまが)しい符牒の文(ふみ)を持ってゆかせた、
たたみ重ねた木の板へ 命を害(そこな)う企らみを委細に刻み込んだものも、
それを自身の破滅となるよう、[王の]舅に見せろと言いつけておいた。
それから彼はリュキエーへと。神々の申し分ない護衛のもとに赴いたが、
さてもいよいよリュキエーへと、クサントス河の流れの畔に行き着いたとき、
広大なリュキエーの国のあるじは、心をこめて彼をうやまい
九日のあいだを饗応にすごし、九匹の牛を贄に屠った。
だがいよいよ十日目の朝が来て 薔薇の指をさす暁が現われたとき、
まさにそのとき彼に訊ねて、証(しる)しの品を出して見せろと要求した、
何なりとも、婿プロイトスの手もとから 携えてきたものがあったら。
こうしてついに婿が寄越した 禍いの証(しる)しの品を受取った・・・


同上

ベレロポンテースが何も知らずに持参したプロイトスからリュキア王への手紙には「この者を殺すように」と書かれていたのでした。そこで、リュキア王は、ベレロポンテースにキマイラという怪物を退治することを命じました。

こうしてついに婿が寄越した 禍いの証(しる)しの品を受取ったので、
まず手始めに、かの恐ろしい怪物キマイラを打ち殺して来いと
言いつけたが、これはいかさま神霊の類(たぐい)で、人界のものではなく
前方は獅子、後ろは大蛇(だいじゃ)、まん中は牝山羊(キマイラ)のかたちをなし、
燃えさかる火の勢いを、もの凄いさまに口から吐いて出しているもの、
しかもこの怪獣をさえ、神々の御告(みつげ)をたよりにうち殺した・・・

同上

ベレロポンテースは神馬ペーガソスに乗って、空からキマイラの背を射て退治したのでした。

(上:天馬ペーガソスに乗ってキマイラを退治するベレロポンテース)