神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

スキューロス(6):テーセウスのアテーナイ帰還(3)

ヘーロドトスは、テーセウスの遺骨を回収する話に似た話を自著「歴史」に記しています。これはスパルタに関する話で、スパルタに下った神託が、英雄オレステースの遺骨を持ち帰るように告げたという話です。オレステースはミュケーナイ王アガメムノーンの息子で、ミュケーナイ王と継ぐと共に、スパルタの王位も兼ねたという人物でした。

神託は、オレステースの墓がアルカディア(ペロポネーソス半島の内陸部。山岳地帯)のテゲアという町にあることを示唆していました。結局、オレステースの墓を探していたスパルタ人リカスが、この墓を見つけたのですが、その経緯は以下のようなものです。

 その頃はスパルタとテゲアとの間には国交が開かれていたので、リカスはテゲアの鍛冶屋の店に入って、鉄を打ち展ばすのを眺めながら、鍛冶屋のする仕事を感心してみていた。すると鍛冶屋はリカスが感心しているのに気がつき、仕事の手をやめてこういった。
「スパルタのお客さんよ、あんたは今そうやって鉄の細工を感心してみておいでのようだが、かりにあんたが私の見たものを御覧なさったら、たまげなさるに違いない。私はね、ここの中庭に井戸を作ろうと思って庭を掘っていたら、七ペキュスもある棺を掘りあてたのさ。まさか今時の人間より大きい人間がいようとは思わねえで、棺をあけたら、なんと棺と同じ大きさの死骸が入っているじゃないか。丈を計ってからまた土をかけておいたがね。」
鍛冶屋はこのように自分の見たとおりをリカスに話したのであったが、リカスはこの話を思いめぐらしているうちに、これこそ神託にいうオレステスの遺体に相違ないと推論したのである。(中略)
リカスはこのように判断するとスパルタへ帰り、スパルタ人に一部始終を報告した。そこでスパルタでは、偽りの理由を儲けてリカスを罪に問い、彼を放逐したのである。リカスはテゲアへゆくと、鍛冶屋に向って自分の不幸な身の上を語り、その中庭を借りようとしたが、鍛冶屋はなかなか貸すことを承諾しなかった。しかしやがてとうとう承知させると、リカスはその庭に住み込み、墓を掘り起し、骨を集めてスパルタへ引き上げていった。


ヘロドトス「歴史」巻1・68 より

この話では、棺の長さが7ペキュスであったと言っています。調べたところ、1ペキュスが44.4cmだということです。そうすると、7ペキュスは3m11cmにもなります。上の話では「棺と同じ大きさの死骸が入っている」というので、この遺体の身長は3mぐらいあった、ということになります。先史時代(おそらくBC 12世紀)のギリシア人が、栄養状態のよい支配階級の人物だとしても身長が3mもあったとは信じられません。ただし、スキューロス島で見つかったテーセウスの棺もプルータルコスが

キモンは、(中略)墓を発見してやろうとの名誉心に駆られているうちに、いい伝えによると、一羽の鷲がある丘状の場所を嘴でつつき爪で引搔いているのを見て、一種の神的な幸運によってその意味を悟り、そこを掘り返したという。すると大きな死体の入った棺と、その側に青銅の槍と剣とが発見された。


プルタルコス著「テセウス伝」 36 太田秀通訳 より

と書いているように、大きな棺であったということなので、古代ギリシア人が英雄の時代と呼んだかつての時代の人々の身長が、これらの棺を掘り出した時代のギリシア人たちよりも大きかったのは、確かなようです。そしてこれらの棺を掘り出した時代のギリシア人たちは、かつての英雄時代に憧れと尊敬を懐き、鉄の時代と呼んだ自分たちの時代より栄光に充ちた時代だと考えていたのでした。ヘーシオドスは次のように歌っています。

クロノスの御子ゼウスは、またも第四の種族を、
豊饒の大地の上にお作りなされた――先代よりも正しくかつ優れた
英雄たちの高貴なる種族で、半神と呼ばれるもの、
広大な地上にあってわれらの世代に先立つ種族
であったのじゃ。
しかし、この種族も忌まわしい戦(いくさ)と怖るべき闘いとによって滅び去った――
(中略)
かくなればわしはもう、第五の種族とともに生きたくはない、
むしろその前に死ぬか、その後に生れたい。
今の世はすなわち鉄の種族の代なのじゃ。
昼も夜も労役と苦悩に苛(さいな)まれ、その熄(や)む時はないであろうし、
神々は苛酷な心労の種を与えられるであろう、


ヘーシオドス「仕事と日」 松平千秋訳 より

さて、スキューロスに話を戻しますと、今までそこに住んでいたドロペス族は追放され、アテーナイ人の植民者たちに占領されたのでした。以後はBC 340年までアテーナイ領で、その後はマケドニア領になりました。そしてBC 192年にはローマの支配下に入りました。スキューロスに関する私の話はここまでです。

(上:スキューロス島の馬。スキリアンポニー)