神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

ミュティレーネー(19):ミュティレーネーの反乱(2)

この動きに対し、最初アテーナイは何とか外交交渉によってデーロス同盟離脱を思いとどまらせようとしました。というのは、現在アテーナイはスパルタと戦争中であり、さらに悪いことには一昨年より疫病がアテーナイ市内を襲っていたため、軍事行動の余力がないと考えたからです。そこで使節を送って、レスボス島の政治的統合や戦争の準備と思われる諸活動の停止を勧告したのですが、ミュティレーネー側はこれに応じませんでした。そこでアテーナイは今までの消極策を捨てて軍事行動に出ることを決定し、ミュティレーネー市民が市壁の外で挙行するアポローンの祭典の時期を見計らい、これを奇襲すべくクレイッピデス率いる40隻の艦隊を派遣しました。また同盟条約の定めによってアテーナイ海軍に参加して、たまたまアテーナイの港に停泊していたミュティレーネーの軍船10隻を取り押さえ、乗組員を逮捕しました。

しかしミュティレーネーにも急を告げたものがいた。かれはアテーナイからエウボイアへわたり、歩いてゲライストスへつき、出航間ぎわの商船に飛びのって、順風にさいわいされてアテーナイを出てから三日目にミュティレーネーにつくと、敵船隊接近の報を告げた。


トゥーキュディデース「戦史 巻3・3」より


このため、ミュティレーネー市民はアポローンの祭典を急きょ取り止め、市の防備を固めたのでした。ミュティレーネー近海に到着したクレイッピデスは艦隊の引渡しと城壁の撤去を勧告したものの、拒否されたため攻撃を開始しました。これに対してミュティレーネー側も艦隊を送り出したのですが、逆に港まで追い詰められてしまいました。そこでミュティレーネー市民はたちまち休戦交渉をクレイッピデスに申し入れ、クレイッピデスはそれに応じました。しかしこの時ミュティレーネー側は、アテーナイ海軍の目をかすめてスパルタに向けて使者を乗せた船を送ったのでした。
休戦中ミュティレーネーはアテーナイにも代表を送って、反乱の意志のないことを示そうとしたのですが、交渉は決裂し、代表はミュティレーネーに戻ってきました。これを機に休戦は終了となり、戦闘が再開されました。ミュティレーネーは、近くに野営していたアテーナイ軍を襲いました。襲撃は成功したのですが、自分らだけではアテーナイ勢を殲滅することは出来ないと考え、また、ペロポネーソス勢が加勢してきた時が決戦の時であると考え、再びミュティレーネー市壁内へ引き上げました。それに対し、アテーナイ軍は同盟軍を集めてミュティレーネーを海上封鎖しました。


一方、スパルタに送られたミュティレーネーの使節は「ミュティレーネー(18)」に引用したような演説を行い、ペロポネーソス同盟への参加を願い出ました。ペロポネーソス同盟はミュティレーネーを含むレスボス人を同盟者として受入れることを決定し、アテーナイの目をレスボス島方面から逸らすためのアッティカ*1への遠征の準備を始めました。これに対して、アテーナイは新たに艦隊を編成してペロポネーソス半島沿岸部を荒らしまわって両面作戦にも応じる能力を誇示しました。

一方、メーテュムナの貴族派の一部がミュティレーネーに対して、内応するのでメーテュムナを攻めて欲しい、という要請を出したため、ミュティレーネーはメーテュムナを攻撃しました。しかし、聞いていたのとは話が異なって、内応の動きはなくメーテュムナの防備は固かったので攻略出来ませんでした。そこでミュティレーネー軍は撤退し、その帰路でアンティッサ、ピュラ、エレソスの市壁の防備を強化しました。その後メーテュムナはミュティレーネー側の都市アンティッサを逆に攻めましたが、アンティッサに迎撃され撤退しました。アテーナイはこの状況を知ると、陸上でのアテーナイ軍が劣勢であることを理解し、この年の秋にパケースを指揮官とする重装歩兵1000人をレスボスに追加派遣しました。到着するとこの軍はミュティレーネーの周囲に城壁を築いて包囲体勢を完璧にしました。


その年の冬にスパルタは使者サライトスをミュティレーネーへと送り、ミュティレーネー人を激励しました。

同冬の終り、ラケダイモーン*2からラケダイモーン人サライトスが三重櫓船で、ミュティレーネーに派遣された。かれは船でピュラまで渡ると、そこから徒歩でミュティレーネーにそそぐ川底づたいに進んだ。この川底に接するところでアテーナイの遮断壁を越えることができたからである。そして看視の眼をかすめてミュティレーネー市内に入ると、市の代表者一同にむかって言った。まもなくアッティカ*3への侵入が行われると同時に、レスボス救援の指令をうけた四十艘のペロポネーソス船隊が到着する。自分はこれらの知らせを伝え、その他一般的な対策を督励するために、本隊に先んじて派遣されて来た、と。そこでミュティレーネー人は士気さかんとなって、アテーナイ人の要求に屈しようという気持をますます少なくした。こうしてこの冬も終り、トゥーキュディデースの「戦史」第四年が終ったのである。


トゥーキュディデース「戦史 巻3・25」より

*1:アテーナイを中心とする地方

*2:スパルタのこと

*3:アテーナイを中心とする地方