神話と歴史の間のエーゲ海

古代ギリシアの、神話から歴史に移るあたりの話を書きました。

テーラ(2):テーラースの植民

ドーリス人がペロポネーソス半島に侵入した時の話です。ペロポネーソスのスパルタを手に入れたのはヘーラクレースの後裔アリストデーモスでした。彼はアルゲイアーをめとってエウリュステネースとプロクレースの双子を得ましたが、子供たちがまだ幼いうちに死んでしまいました。そこで彼の妻アルゲイアーの兄であるテーラースという者が双子の後見人となってスパルタの政治を執り行うようになりました。時は経ち、双子は成長してスパルタの王権をとるようになりました。奇妙なことですがこの双子はどちらも同時にスパルタの王になったのです。このあとスパルタはエウリュステネースの子孫とプロクレースの子孫の2つの王家を頂く特異な都市国家になりました。それはともかくとして、テーラースはといいますと・・・・

ひとたび王権の味を知ったテラスは他人の支配下に甘んずることは耐えがたいとして、自分はスパルタに留まるつもりはなく、海外の同族の許へゆきたいといいだした。


ヘロドトス著「歴史」巻4、147 から


この「海外の同族の許」というのがテーラ島でした。この島はテーラースが行ったのでそれにちなんでテーラという名前になったのであって、その前の名前はカリステー(「最も美しい」という意味)という名前でした。

現在テラと呼ばれている島は、以前はカリステと呼ばれていたがこれは同じ島で、当時はフェニキア人ポイキレスの子メンブリアロスの子孫が居住していた。すなわちアゲノルの子カドモスはエウロペの所在を探し求めながら、現在のテラに上陸したが、上陸後この地が気に入ったのか、あるいは他の理由があってそうしたのか、この島にフェニキア人を残していった。その中には自分の同族の一人メンブリアロスもいたのである。この者たちが当時カリステと呼ばれていたこの島に、テラスがスパルタから来島するまで八代にわたって居住していた。


ヘロドトス著「歴史」巻4、147 から

ということはテーラースはフェニキア人なのでしょうか? ヘーロドトスはそうだと考えていたようです。

ギリシア神話によりますとテーバイ(エジプトの町テーベではなくて、ギリシア本土の中部にある町)の王家の始祖カドモスはフェニキアからやってきたということになっています。するとテーバイはフェニキアの町だったかといいますと、その後の物語の中では普通のギリシア人として扱われているので、ここにどのような事情があったのかよく分かりません。ギリシア神話ではギリシア人と他の民族の境界が時々不明確になっています。さてテーラースはこのフェニキアからやってきてテーバイを建設したカドモスの子孫にあたっていました。それでカリステーに住む人々を自分の同族と言ったのでした。カドモスからテーラースに至る系譜は以下のようになっています。

  • 1.カドモス
    • テーバイ市の建設者
  • 2.ポリュドーロス
  • 3.ラプダゴス
  • 4.ラーイオス
  • 5.オイディプース
    • 彼については有名な伝説があります。ソポクレスのギリシア悲劇「オイディプース王」で有名です。
  • 6.ポリュネイケース
    • 兄のエテオクレースとテーバイの王位を争ってアルゴスに逃れ、最後はテーバイ攻防戦の一騎打ちで兄弟ともに死ぬという伝説が残っていて、やはりギリシア悲劇の題材になっています。
  • 7.テルサンドロス
    • 父ポリュネイケースの悲願だったテーバイの攻略に成功する。その後、トロイア戦争に参加するが、軍が間違ってトロイアの代わりにテーレポスの領土を攻めた時にテーレポスに討たれて死ぬ。
  • 8.ティーサメノス
  • 9.アウテシオーン
  • 10.テーラー

このテーバイの王家にまつわる伝説は面白いのですが、それを述べ始めるとテーラから話がそれてしまいますので、最初のカドモスの話だけをご紹介したいと思います。上の引用で登場した「アゲノルの子カドモスはエウロペの所在を探し求めながら、現在のテラに上陸した」という記述の背景になる物語です。